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予感 2

「いつも話してくれる、雪也くんの自慢のお兄さんか」    と言っても、一度も病院に付き添って来た事がないので見たことないが。  とても優秀な子で家ではよく弟の面倒をみていると、瑠衣からは聞いている。 「はい。兄さまは僕の憧れの存在なんです。どんな時だって優しく頼もしくて……あっ海里先生も瑠衣も、もちろん、お母様も、みんな尊敬しています。あとは……えっと」 「ふふふ。雪也ってば、可愛いことを」  本当に汚れを知らない純粋な子だ。持病のせいで初等部も休みがちで大人の中で過ごすことが多かったせいで、周囲の心に敏感のようだ。  美しい婦人も、愛くるしい雪也のことを目の中に入れても痛くない存在、宝物のように扱っていた。  実に心温まる、いつまでも続いて欲しい眩しい光景だ。 「先生、引き続き治療をお願いします。この子のためなら私たち何でもしますので」 「わかりました。こちらも手術に向けて、しっかりサポートしますので」 「では、あとは瑠衣に処方箋を渡しますので、ここで少しお待ちを」 「えぇ」 「瑠衣いいか」 「はい」  病院は歴史がある分、建物は古びてボロボロだ。  廊下は暖房が行き届かず、吐く息が今日は白くなる程だ。  特別室は冬郷家の財力で特別に内装を変えた貴賓室のようなものだから、処方箋のために奥様と雪也くんを、こんな寒い道を歩かせるわけにはいかない。    久しぶりに瑠衣と二人きりだ。  肩を並べて歩む、腹違いの弟の端正な横顔を見つめていると、ロンドンでの日々を思い出す。  もう10年以上前のことなのに― 「瑠衣はもう何歳になった?」 「はっそれを聞くのか。僕たち同い年だろう。もう34歳だぞ。忘れたのか」 「だな、お前は相変わらず綺麗で、20代の頃と全然変わらないから」 「それを言うのなら、海里も同じだ。その外国の王子のような若々しいマスク、どうにしかしてくれ」 「ははっ王子か。俺の母が英国人のハーフのせいで、よくそう言われるよ」 「やっぱり? 」 「だが、この派手な顔のせいで誤解されることも多い」 「そうだったな」  瑠衣の母は純粋な日本人だが、俺の母には外国の血が混ざっている。兄の母とは違う……後妻だ。父は俺を愛してくれ会社の跡継ぎを望んだが、俺は医者になることを選んだ。  母の突然の心臓発作を助けられなかったことが、きっかけだ。  そして……瑠衣は妾の子で、俺は後妻とはいえども本妻の子供。  その差が俺たちに線を引く。  だが俺は瑠衣のことを他人とは思えない。  俺のもう一人の兄弟だからこそ……心配なんだ。  お前と一緒に留学したロンドンでの日々をまた思い出してしまう。    父親の目が届かない場所で、俺たちは初めて普通の兄弟みたいに、のびのびと過ごせたよな。  そんなお前がアーサーに家に住み込みで実地訓練すると聞いた時は驚いたよ。  アーサーは俺の学友でもあったから。  やがて双方から相談されての両想い。  お前たちの仲を取り持ったのは俺だぞ。 「海里、言うなよ……今は、何も」 「おい、最初から予防線張るな」 「聞きたくない」 「アーサーはまだ待っている。頑なにお前のことを」

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