22 / 505

予感 3

「アーサーは、まだ結婚してないのか」 「ハッ……呆れるな。本当にお前たちは一度も連絡しあってないのか」  アーサーからの連絡はあった。  手紙も何通も来た。  だが……全部僕が無視していた。  どうか許して欲しい。 「……それどころじゃなかった。この9年間。雪也さまの病気が分かってからは、体調を崩されないように見守るので精一杯だったよ」 「それは分かるが。お前自身の人生はいいのか。お前たちは、あんなに愛し合っていたのに」 「もう言うな」 「……じゃあもしアーサーが病気でも、一生会わないつもりか」 「何を言って?」 「はっ自分で確かめろよ! くそっ、口止めされていたのにっ……」  海里はムッとした顔で、僕に処方箋を無造作に手渡した。  アーサーが病気って……?   何を言って……そんなことあるはずないだろう。  あんなに健康な躰をしていたのに、その躰に抱かれ、溺れたのは僕だ。  もう若い頃の話だと思いつつ、心の奥底であの熱を思い出し涙してしまった。  あの日、家からの突然の帰国命令を受けた僕のことを、アーサーは必死に引き留めてくれた。  なのに振り切って、捨てて来たのは僕だ。  まさか……でも…… ****  書庫の整理をしていると、柊一様がいつの間にか横に立っていた。 「瑠衣、お前……とても沈んでいるね」 「柊一様」  昼間、海里に言われた言葉が棘のように刺さったままだった。 「いえ、なんでもありませんよ」 「馬鹿。僕は瑠衣のことならずっと見ていたから分かるよ。悩み事があるんだね」 「……柊一様は」  僕がこの家にやってきた時、まだ10歳だった柊一様も、気が付けば成人になっていた。もう22歳……背格好だって僕と変わらなくなり本当に立派になられた。  雪也さまの病気が分かったのを境に急に大人びて……それまではおとぎ話が大好きな可愛らしい男の子だったのに。  今ではこんな風に逆に励まされてしまう程だ。じきに立場が逆転してしまうのかもしれないな。  逆に変に背伸びして無理していないかと、心配にもなる。 「ねぇ瑠衣……お前は僕の家の執事だけど、僕はお前のことを親友だと思っているんだよ。そんな風に思ってはいけないことかな」  柊一さまが優しく首を傾げると、サラサラの黒髪がそのまま横に流れて優美だった。  親友……?   それは甘い誘いだった。  歳がかけ離れているとは思えない程、柊一様は僕に寄り添ってくれる。 「……いけませんよ」 「そう言うと思った。じゃあ僕だけが勝手に思っておくよ」  雪也さまが成長したら、きっとこんな風になるだろうという顔で、じっと深く見つめられると、雪也さまが無事手術を終え、大人になるまでしっかり見届けたいという思いと、もうそろそろ……自由に生きたいという複雑な思いが交差した。  そんな僕に青天の霹靂というべき事が起きたのは、まだ真冬の早朝のことだった。

ともだちにシェアしよう!