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予感 5
朝一番に父に呼ばれた。
何故かコートを着てくるように言われたので、怪訝に思った。
こんな朝早く、どこへ行くつもりだろう。
今日はそんな予定はなかったはずなのに。
「お父様……」
「柊一、少し外を歩こうか」
「はい」
正面玄関から車寄せを抜け、中庭へ向かって父と肩を並べて歩く。
幼い頃は見上げていた顔がすぐ横にあるのがいまだに不思議だ。
温厚で頼もしく……幼い頃から憧れ尊敬してやまない父だから。
昨日から降り続いた雪によって、白い煉瓦造りの屋敷に絡まるように咲く白薔薇の葉もすっかり雪化粧して、美しい光景だった。
中庭に立つと見渡す限りの白い世界が待っていた。
こんな日は……まるであの雪也が倒れた日のようだ。
生まれつき心臓が悪かったのに気付かず3歳まで平和に過ごした日々が懐かしい。大きな発作が起きてからは運動らしい運動も出来ない状態だ。そんなひ弱な弟のことを、僕は何よりも誰よりも優先し見守ってきた。
それは同時に、父と病院の屋上で交わした誓約を守ることに繋がっていた。
「雪がずいぶんと積もっていますね」
「あぁ美しいな。柊一は雪也のことをいつもよく面倒みてくれているね。ありがとう」
「当たり前です。僕の可愛い弟ですから」
「頼もしいよ。この庭はいいだろう。お前の祖父が建てお前の母が端正に手入れした庭だ。私はこの庭を愛してやまない」
「はい……知っています」
6月上旬……初夏の風が吹く頃に、白薔薇は見頃を迎える。
その時期にはいつも中庭の芝生にテーブルセットを出し、園遊会やお茶会をした。
白いパラソルの下で笑う母。
真新しい英国製の白いベビーカーの中で眠る雪也。
幸せを絵に描いたような美しい光景だった。
風が吹けば白薔薇の花びらが舞い踊り、歌を歌っているようだった。
もちろん、今もその光景は伝統的に続いている。
ベビーカーの中にいた雪也は伝い歩きをしヨチヨチ歩き……やがて、ちょこんと椅子に座って上品に紅茶を飲むようになった。
まるで小さな紳士だ。
目を閉じればいつだって母の優しい微笑みと、雪也の愛くるしい笑顔が浮かんでくるよ。
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