35 / 505
愛しさと哀しみ 5
「何があったのか教えてくれ、まっまさか……」
まさかお父様とお母様に何か……先ほどから心臓が早鐘を打っている。
これは重々しい不吉の鐘だ。
「うっ……それが箱根からの帰宅途中に山道で……雨に濡れたタイヤがスリップして……」
誰かの声が聞こえてきた。
なんてことだ。やはり……最悪のパターンなのか。
「そっ即死だったと、警察から……電話が」
「うっ嘘だ!そんなっ」
「現地で確認も取れて……」
「そんな……」
『即死』
そのあまりにストレートな言葉に、目の前が真っ暗になる。
だってさっきまでこの部屋に二人ともいらして、お母様が僕のことを久しぶりに抱きしめてくれて……あの温もりはどこへ?
そんな言葉信じられない……この目で確かめないと。
「誰かっ──嘘だと言ってくれ!」
だが辺りを見渡しても、冷たい憐みの目しか返ってこない。
暫く沈黙の時が流れた。
皆どうしたらいいのか分からないようで戸惑っている。
僕自身が一番戸惑っていた。
やがてガヤガヤといつの間に誰が呼んだのか……会社の重役たちが部屋に集まって来た。
(参ったな。よりによってこんな時に)
(今日の融資が決裂したからなのか、まさか……)
(しっ子供に聞こえるぞ)
聞きなれない不安な内容にますます不安が募り、僕は茫然としたままお父様が使っていた書斎の机に顔を伏せた。
お父様……そんな……僕たちはどうしたら……どうしたらいいのですか!
お母様……雪也はまだ13歳です。これから手術だって控えているのに……こんなショックなことって、あの子に何と告げたらいいのか分かりません。
誰も僕を支えてくれない──
けれども僕は支えないといけない。
お父様との誓いが、今効力を発揮する。
まるでこんな日を遠からずやって来るのを見越したような、二つの誓いを父と交わしていた。
弟の雪也を守る。
この屋敷を後世に残す。
この二つの誓いを、僕は守り通さないといけない。
なんとしてでも──
ともだちにシェアしよう!