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愛しさと哀しみ 7
鏡に映る黒いネクタイをした僕の顔は、酷くやつれていた。
あの日から本当に辛い日々だった。
惨い遺体との対面……事故現場の検証に立ち会い……葬儀の手配、何もかも初めてで、訳も分からず、ただ言われるがままにこなすので精一杯だった。
「雪也、支度は出来た?」
「あっ兄さま……」
喪服に着替えて雪也の部屋を覗くと、既に学生服を着ていたが、気まずそうな表情を浮かべていた。
「ボタン?」
「……上手く、とまらなくて」
「どれ?」
雪也の目線までしゃがんで学生服の襟元のボタンをとめてあげると、雪也の澄んだ瞳から、ぽろりと透明な雫が落ちた。
「また泣いて……」
「ごっごめんなさい」
「いいんだよ。今日はお葬式だ。泣きたいだけ泣いていい……今日だけはね」
「こんな時、瑠衣がいてくれたら、兄さまも泣けたのに」
あぁ……雪也に心配されるようでは駄目だな。
「僕は大丈夫だよ。やることが沢山あって泣く暇なんてないしね」
「兄さま……そんな」
幼い雪也は何か言いたげに唇をキュッと噛んだ。
彼なりに両親の死を受け入れているのだ。
イギリスに旅立った瑠衣には、両親の訃報を知らせていない。
長い間僕たちに尽くしてくれた彼が、ようやく羽ばたいて、自分のために生き始めたばかりなんだ。変な心配をかけたくない。
瑠衣、心配しないでいいよ。
君から学んだことを実践していくから……大丈夫。僕は負けない。
やがて冬郷家の菩提寺で……厳かな葬儀が始まった。
ところが本当に悲しんでいるのは、僕と雪也以外は……屋敷の使用人の一部とお向かいの白江さんとそのご両親だけではと思える程、冷たい視線を感じてしまった。
お父様は僕に何も教えてくれなかったが、この冬郷家が戦後、時代の波に乗るために私財を投じて起こした紡績事業、その事業拡大のための投資に昨年末に大損失があったそうだ。
偶然にも瑠衣が去った後に少し持ち直したものの、まだまだ完全に立て直すには足りず……あの日箱根に両親が行ったのは、懇意にしている友人に融資の依頼のためだったそうだ。
だが交渉は決裂し両親は失意のままに帰宅し、その帰路で……悲しいスリップ事故は起きた。
扇の要を失った会社は、既に分裂寸前だ。
重役達は皆……私利私欲に走り、倒産する前に自分の取り分を確保しようと必死だ。
「柊一さん」
「白江さん……」
「この度は突然のことで……本当にまだ信じられないわ。あんなに優しくして下さったおじさまとおばさまが、もうこの世にはいらっしゃらないなんて」
白江さんは美しい顔を涙でぐっしょりと濡らしてくれていた。
心から哀悼の意を示してくれる人がいると、少し安堵した。
「ありがとう。一緒に両親を見送って欲しい。よかったら収骨までいいかな」
「もちろんよ。でも……私は親族でもないのにいいの?」
「両親の死を心から悲しんでくれている人が、今の僕には見えなくて……」
何かにつけて我が家にやってきた親戚達も手のひらを返したように冷たかった。我が家が借金だらけだと知ると、皆コソコソと逃げて行った。火の粉が降りかかるのが怖いのだろう。これが現実なのだ、仕方がない。
「ふぅ本当にどこの家も皆似たようなものね。お金の力は時に恐ろしいわ」
「でも僕は守るよ。雪也も、あの白薔薇の家も」
「柊一さん、大丈夫? なんだか急に大人びてしまったようだわ。あなただって一度にご両親を亡くして悲しいはずなのに……どうか無理しすぎないで、私では頼りにならないかもしれないけれども、雪也くんのことを気に掛けることなら出来るわ。彼は年の離れた弟のような存在だもの」
「ありがとう、雪也を……そんな風に言ってくれて嬉しいよ」
人の冷たさとあたたかさが交差する、寂しい葬儀を終えた。
まだ22歳の僕が、喪主として一気に背負うには……あまりにも過酷な状況だった。
これは……本当に大きな試練となるだろう。
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