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愛しさと哀しみ 8

 両親を一度に亡くしてからの悲しい日々。  月日は怒涛のように流れ……昨日、無事に四十九日の法要を終えた。  これで一息つけるのか、いやそうもいかないだろう。     両親を失った寂しさに浸る間もなく押し寄せてきたのは、山のような事業の残務処理と、使用人を多く雇うこの家の運営業務だった。  葬儀の翌週。  僕は大学4年生という大切な学年が始まったばかりで勉学も疎かに出来ない立場でありながら、父の会社を継ぐことになった。  重役に担ぎ上げられての就任。  右も左も分からない僕は、社長とは名ばかりのお飾りのような存在で蚊帳の外だ。それでも父が築きあげた会社なので、どうにかして守りたかった。  大学生活と会社経営という二足の草鞋には無理があるのは重々承知している。それに僕自身がいかに恵まれた環境で、両親の愛に守られてここまで生きて来たのかを痛感してしまう重苦しい日々だった。  ふぅ……今日も暗い溜息ばかりの1日だったな。  夜遅くになって、やっと家に帰宅する。  両親がなくなってから、お手伝いさんを半数に減らした。正直雇う余裕がないのだ。この先上手くいかなかったらもっと解雇しないといけないだろう。 「……ただいま」 「お帰りなさいませ、坊ちゃま」 「うん、雪也は?」 「今日は少しお咳が出ているのでお部屋で休ませております。あのお食事は」 「いただくよ」  僕が生まれた時からいる女中頭は、酷く申し訳なさそうな顔で頭を下げる。 「あのっ申し訳ありません」 「どうしたの?」 「それがコックが引き抜かれまして……急に出て行ってしまって」 「……そうか」    それも無理もない。そもそも、もうコックなんて雇っている場合ではないのだ。 「仕方がないよ。何か食べるものはある?」 「私でよろしければ作りますが」 「お願いできる? 助かるよ」 「じゃあ雪也の様子を見てくるから出来たら呼んでくれ」 「畏まりました」  緩やかなカーブを描く階段をゆっくり上る。よく磨き上げられていたはずの木製の手すりが少しガサついていた。  この紫色のふかふかの絨毯を、父に手を引かれて下りたのが懐かしい。  あれが……雪也が生まれた夜だったな。天にも昇るような心地だった。新しい命と兄弟の誕生が嬉しくて、幸せで……  雪也の部屋のドアをノックすると、すぐに可愛い声が聞こえた  その声に一気に気が緩む。    今の僕の宝物は雪也だ。  雪也がいてくれるから頑張れる。 「兄さま、お帰りなさい!」

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