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愛しさと哀しみ 9
「雪也!」
「兄さまー」
僕の姿を見るなり、雪也がベッドから降り、駆け寄ってギュッと抱きついてくれる。普通の中学生はもうこんなことしないかもしれないが、雪也と僕にとっては、ごく普通のスキンシップだ。
僕もこの瞬間が、毎晩待ち遠しい。
病弱のせいで、まだとても中学生には見えない華奢な身体つき。
背丈も平均よりずっと低くて、まだ小学生みたいにあどけない。
可愛い僕の弟……唯一残された大切な宝物だ。
お父様とお母様の血を分けた存在。
僕も雪也を抱きしめてあげる。
優しさにふわっと包まれ、1日の疲れが飛んでいく。
雪也から向けられる絶対的信頼が……今の僕の支えだ。
「雪也いい子にしていたかい?」
「はい……今日は少し具合が悪くて」
「お薬は飲んだ?」
「はい、あの……」
「ん?」
「実は明後日……お母さまと病院に行く予約をしていたのですが」
「明後日か……分かった。兄さまが連れて行ってあげるから心配しなくていいよ」
「よかった。あっそうだ……今日は驚くことがあったんです」
「何?」
雪也は焦った様子で、小さな小包を僕に見せてくれた。
「これ兄さま宛です」
「ふぅん誰からのお届けもの?」
「……あの、差出人をよく見てください」
「え?」
差出人の筆跡には見覚えがあった。
これは……母の文字だ。
懐かしい母の……僕の大好きな母の!
「なんで……」
泣かないように必死に堪えた。
「兄さま宛になっています。早く開けてみて下さい」
「う、うん」
なんで今頃?
四十九日が終わったこのタイミングで母からの荷物が届くなんて。
慌てて包みを開き、中身を取り出して驚いてしまった。
箱根の寄せ木細工でできた※秘密箱だった。すっかり忘れていたが、 あの日僕がお土産に欲しいと、珍しく母に頼んだものだった。
「わぁ、兄さま、これ特注品なんですね」
「え……」
表面には薔薇、裏には「柊一」と寄せ木細工で施されていた。母は『柊一だけの秘密箱を買ってくる』と言っていた。最後までその約束を守ってくれたのか。
ずっと泣くまいと思っていたのに、駄目だ……弟に心配かける。そう思ったのに、もう止まらない。
「うっ……う、う……」
「兄さま」
雪也が無垢な瞳で僕を見る。その瞳に吸い込まれるように僕は肩を震わせた。瞳の奥に母の眼差しが見えたような気がして……
僕も雪也も、母によく似ている。
※秘密箱……箱根寄木細工の代表的作品。秘密箱のルーツは、江戸後期の1830年頃。箱の側面を順番通りにスライドさせると開ける事ができる。
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