39 / 505

愛しさと哀しみ 9

「雪也!」 「兄さまー」  僕の姿を見るなり、雪也がベッドから降り、駆け寄ってギュッと抱きついてくれる。普通の中学生はもうこんなことしないかもしれないが、雪也と僕にとっては、ごく普通のスキンシップだ。  僕もこの瞬間が、毎晩待ち遠しい。  病弱のせいで、まだとても中学生には見えない華奢な身体つき。  背丈も平均よりずっと低くて、まだ小学生みたいにあどけない。  可愛い僕の弟……唯一残された大切な宝物だ。  お父様とお母様の血を分けた存在。  僕も雪也を抱きしめてあげる。  優しさにふわっと包まれ、1日の疲れが飛んでいく。  雪也から向けられる絶対的信頼が……今の僕の支えだ。 「雪也いい子にしていたかい?」 「はい……今日は少し具合が悪くて」 「お薬は飲んだ?」 「はい、あの……」 「ん?」 「実は明後日……お母さまと病院に行く予約をしていたのですが」 「明後日か……分かった。兄さまが連れて行ってあげるから心配しなくていいよ」 「よかった。あっそうだ……今日は驚くことがあったんです」 「何?」  雪也は焦った様子で、小さな小包を僕に見せてくれた。 「これ兄さま宛です」 「ふぅん誰からのお届けもの?」 「……あの、差出人をよく見てください」 「え?」    差出人の筆跡には見覚えがあった。  これは……母の文字だ。  懐かしい母の……僕の大好きな母の! 「なんで……」    泣かないように必死に堪えた。 「兄さま宛になっています。早く開けてみて下さい」 「う、うん」  なんで今頃?  四十九日が終わったこのタイミングで母からの荷物が届くなんて。  慌てて包みを開き、中身を取り出して驚いてしまった。  箱根の寄せ木細工でできた※秘密箱だった。すっかり忘れていたが、 あの日僕がお土産に欲しいと、珍しく母に頼んだものだった。 「わぁ、兄さま、これ特注品なんですね」 「え……」  表面には薔薇、裏には「柊一」と寄せ木細工で施されていた。母は『柊一だけの秘密箱を買ってくる』と言っていた。最後までその約束を守ってくれたのか。  ずっと泣くまいと思っていたのに、駄目だ……弟に心配かける。そう思ったのに、もう止まらない。 「うっ……う、う……」 「兄さま」  雪也が無垢な瞳で僕を見る。その瞳に吸い込まれるように僕は肩を震わせた。瞳の奥に母の眼差しが見えたような気がして……  僕も雪也も、母によく似ている。 ※秘密箱……箱根寄木細工の代表的作品。秘密箱のルーツは、江戸後期の1830年頃。箱の側面を順番通りにスライドさせると開ける事ができる。

ともだちにシェアしよう!