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愛しさと哀しみ 10
「兄さま、大丈夫ですか。あぁ……やっと泣けたのですね」
雪也の一言一言が切なくて、早く泣き止まないといけないのに、なかなか涙が止まらなかった。
「うっごめん……泣くなんて、兄さまらしくないよな」
「そんなことないです! 兄さまがちゃんと泣けてよかったです。ずっと我慢していたのでは……あの、兄さまが昔大切にしていた秘密箱を下さったのを覚えています。あの時は我儘言って宝物を取ってしまって、ごめんなさい」
「そんなことない。あれは雪也にあげたかったんだ」
「ありがとうございます。実は『兄さまから今までもらったもの、これからもらうもの、すべてを大切にしなさい』というお手紙を、僕はお母様からもらいました」
「え……」
雪也が見せてくれたのは段ボールの箱の底に同封されていた母からの手紙だった。
まさかそんなメッセージを雪也に残して逝かれるなんて……何かの虫の知らせだったのか。
「今日はお母さまが泣きなさいって言っているみたい。泣くと心が軽くなりますよ。兄さま」
いつもより雪也が大人びて見えた。
でも泣くのは今日限りにするよ。
僕はもっと強くなって……雪也を守る。
君が大人になるまで見届けるから。
お母様一度だけ思いっきり泣く機会を与えて下さって、ありがとうございます。
****
翌々日、僕は雪也と病院に行った。病院の方はまだ何もこちらの事情を知らないようだった。
「兄さまと病院に来るのは初めてですね」
「そうだね。いつも瑠衣とお母様とだったものな」
「……はい、もう……みんないないですね」
しんみりとしたまま通された部屋を見て、驚いてしまった。
病院は歴史はあるがとても旧式の建物で、内装は古びて、少し欠けた硬い床のタイルに躓きそうだった。
なのに、この部屋は……なんて贅沢なんだ。
「いつもこの部屋なの?」
「はい、僕専用のお部屋です」
ふっくらとした絨毯が敷き詰められ、猫足のソファが置かれている。空調の整った特別な診察室だった。これを作らせるのにいくらかかったのか、維持費はどうなっているんだ。これでは病院の一室を買い取っているようなものだ。
この部屋を来月も維持できるか……またひとつ悩みが増えてしまった。
「兄さま、どうかされましたか」
雪也はこの境遇を当たり前のように享受している。何故なら、この部屋以外知らないから……雪也に罪はない。
必死に笑顔を作った。
「あ……そういえば先生が最近変わったんだって?」
「そうなんです。僕がずっと診ていただいている先生はドイツに1年間留学されてしまって。あー残念だな。とってもカッコいい素敵な先生なんですよ! 兄さまにも会わせたかったな」
「ふぅん、雪也がカッコイイというのだから、相当だね」
「あー僕は面食いではないですよ。あれっなんだかこの使い方間違えている?」
「クスッ……僕もそんなに素敵な人なら、会いたかったよ」
久しぶりにふたりで笑った。
当たり前だった日常が、今はこんなにも貴重だなんて。
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