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愛しさと哀しみ 11

 僕の頑張りも空しく生活は、生活は下降する一方だった。  運転手を雇っている余裕はなくなり、解雇した。お手伝いさんも、ひと月ごとに減らすしかなかった。  雪也のために病院の特別室を借りるお金も無くなり手放した。特別診察の上乗せ料も到底無理だった。    境遇の急激な変化に戸惑った雪也は、冬休みに一度大きな発作で入院してしまった。その時だって、いつもの特別室ではなく6人部屋に入るしかなかった。大部屋で過ごしたことのない雪也は、一日中カーテンを閉め切って震えていた。  僕が学生の身で継いだ会社も、借金返済に追われ傾く一方だった。それでも父が遺してくれたものだから何とか存続しようと四方八方手を尽くしたが、気付いた時には両親の残してくれた保険金や財産のほとんど使い果たしてしまっていた。    結局、僅かに残った資産は重役や従業員へ渡し、たった8カ月程で会社を整理することになってしまった。しかもその直後、最後の砦と頼りにしていた親戚からも見放されるという悲劇。地位も財産も失った我が家とは、深く関わらない方がいいという判断だろう。  結局僕に残されたのは、借金の抵当に半分以上入ったこの白薔薇の洋館と10歳年下の病弱な弟だけだった。  それでも必死に歯を食いしばり何とか大学だけは卒業し、僕は神田にある小さな出版社で、慣れない記者という仕事に就いた。  その頃にはもう使用人が一人もいなくなり、手入れの行き届かなくなった屋敷は巨大な廃墟のようになっていた。お母様が愛した薔薇も本来ならば1年で一番美しい花の盛りなのに、朽ち果てていた。  手入れをしてあげなくてはと思うのに、その暇も気力もなかった。  昨日はほぼ徹夜で仕事をした。今日だって何とか午前中は休めたが、午後には出社しないと……あぁ疲れた。でも今日は大事な用事だ。 「兄さま、支度できました」 「ん、行こうか」  両親が亡くなってから、あっという間に1年が経っていた。   今日は雪也の定期診察の日だった。  雪也の病院代だけはと何とか捻出しているが、もうギリギリだ。いつまで持つのか……  それに雪也は最近学校を休みがちだ。僕には言わないがあまり調子がよくないのかもしれない。心臓のせいで、虚弱な体質なのだ。  雪也と手を繋ぐと、あまりに骨ばっていてギョッとして。この子はこんなに細かった? もっと栄養のあるものを食べさせてあげないと。僕がもっともっと働いて……しっかりしないと。    でもこれ以上何をしたらいいのか分からない。手放せるものは全部手放した。    自家用車も、貴金属類も……  そんな僕の暗い気持ちとは反するように、雪也が清らかに微笑む。 「兄さま、今日はね、いいことがあるんです」  こんな境遇に陥っても、雪也の目は澄んでいる。  穢れを知らないこの瞳の輝きを、僕がいつまでも守ってあげたい。 「いい事って何だい?」 「僕の先生が戻って来るんです」 「僕の先生?」 「僕のことをずっと診てくれていた主治医の先生です」 「……そう、よかったね」  かつてそんな話をしたような。     あの時は雪也と笑いあえたのに、今の僕にはどうでもいいように感じてしまった。  とにかく少し休みたい。眠りたいと……  どこかに落ち着ける場所があれば、そこで、休みたい。 『愛しさと哀しみ』了 あとがき(不要な方はスルーで) **** 大変お待たせしました! ようやく短編『まるでおとぎ話』「僕の使命」とリンクする部分を書くことが出来ました。そしてようやく次話からBLらしくなっていきます。ここまで暗く切なく……ヒューマンドラマ色濃かったと思います。もっと簡潔に飛ばせばいいのにと、葛藤しながらも書き続けました。根気よくお付き合いありがとうございます!

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