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愛しいということ 1
ドイツでの1年間の留学を終え帰国する前に、イギリスのアーサーと瑠衣の元に立ち寄った。
俺を出迎えてくれた二人の穏やかな空気が忘れられない。
アッシュブロンドに碧眼で精悍な顔立ちのアーサーと、濡烏《ぬれがらす》色の黒髪に白い肌、ツンと澄ました日本人形のような瑠衣は、付き合いだした当初からお似合いだった。
愛し愛されるって、そういうことなのか。
それって、一体どんな心地なのか。
俺はまだ本当の愛を知らない。
この歳になっても出逢えない。
俺を心から求め、愛してくれる人。
俺が心から求め、愛したい人。
そんな人は存在するのか。
まだ出会っていないだけなのか。
それとも永遠に出会えないのか。
誰か教えてくれよ。
『愛しい』ってどんな気持ちなんだ?
『愛しいということ』は、こんな俺にもちゃんと感じられるものなのか。
****
イギリス・ノーサンプトンシャー
そこはロンドンから67マイル (108 km)北西にある都市だが、鉄道で手軽に向かうことが出来た。
駅舎には、アーサーと瑠衣が出迎えてくれた。
ふたりの幸せそうな雰囲気に、あれから二人は上手くいっているんだなと確信した。
「海里。久しぶりだな」
「あぁ元気そうでよかった」
「車で来ているんだ。さぁ行こう」
車窓は次々と移り変わっていく。
田園地方特有の緑豊かな牧歌的な景色。
煌めく湖に大きな川、石造りの古城のような邸宅が点在している。
俺が過ごしたドイツとは全く違う風景だ。
「海里は変わりない?」
「あぁ俺は何もないよ。だがお前たちは変わったな。とても幸せそうだ」
「ありがとう。瑠衣を強引に勤め先から引き抜いてしまったから怒られるだろう、罵られるだろうと覚悟していたが……瑠衣はオレを見るなり泣いてくれたよ」
アーサーの体調はすこぶる良いようだ。瑠衣が到着するまで拒んでいた手術を受け、腫瘍を取り除き放射線治療も終え……あとは五年間再発しないことを祈るのみだ。
瑠衣が傍で見守ったから、アーサーも頑張れた。
アーサーの家族も息子の死よりも、幸せを願ったのだろう。何も口出しして来ないらしい。
「そうか……瑠衣、お前もいい表情しているな」
「そっそんなことはない。見間違いだ」
瑠衣はプイっと顔を反らした。相変わらず澄ました表情しか浮かべていないが、目元がうっすら赤く染まっていた。それに首元にちらりと覗くその赤い痣は、昨夜深く愛された印だろう。アーサーの奴、俺に見せつけるつもりか。
瑠衣はツンとしているくせに、内に秘めた情熱を持っている。異母兄弟で半分血が通っているからなのか、口に出さなくても伝わるぞ。
「海里こそ、ドイツで恋人は出来なかったのか」
「いつも通り、言い寄って来る奴やいたさ。女も男もね。でも……お前たちみたいな間柄にはなれなかった」
ハーフの母の血を濃く引いたせいで派手に整った容姿をしている自覚はある。綺麗だとか美男子と言われることも多かった。お陰で、こちらが何もしなくても向こうから言い寄ってくる。
結局、皆、俺の外面に気を取られているだけだろうと、胡散臭さが拭えなくなったのはいつからだろう。
以前手ひどい裏切りに遭ったせいで、人間不信なのか。
それとも俺がまだ、真の恋人に出会っていないからなのか。
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