43 / 505

愛しいということ 2

 その晩は優雅なディナーを、まるで城のようなダイニングホールで、ご馳走になった。  そういえば俺が小さい頃、母が読んでくれた絵本に、こんなシーンがあったよな。  こんなおとぎ話のような世界が、現実にもあるなんて。  無性に誰かに見せてやりたいような、誰かと共有したいような高揚した気持ちになった。そんな相手なんていないのに。  らしくない……柄にもないな。  アーサーと瑠衣が結ばれたのを、この目で見て……それがあまりに穏やかな雰囲気だったから、そんなロマンチックなことを思うのか。  同時に俺の隣には、まだ誰もいないのが寂しくなった。   「今日は俺はもう眠るから、この後は久しぶりに兄弟でゆっくり話すといい」    そう言ってアーサーは、一足先に寝室に入った。  アーサーは俺と瑠衣が異母兄弟だという事を知っているが、いつも分け隔てなく接してくれる。『兄弟』と呼ばれることは滅多にないので、こそばゆい反面、嬉しかった。 「良かったのか」 「うん、僕はいつも、その……」  成る程、この屋敷では瑠衣の存在は公認で、君たちは毎晩同じベッドで休んでいるという事か。 「海里……何かもう少し飲む?」 「じゃあウイスキーを」 「……スコッチウィスキーにしよう。海里も好きだったよね」 「ありがとう」  弟と酒を交わす。  いいものだな。ドイツでの1年、一度も日本には戻らなかった。まぁ呼ばれもしなかったしな。だからなのか、こうやって久しぶりに肉親の情に触れると、しんみりとしてしまう。  どうやら瑠衣の方も同じ気持ちのようだ。  いつもより素直に自分の気持ちを伝えてくれる。 「今日は来てくれて嬉しかった。ここでは日本人と話すことなんて殆どなくてね」 「そうか。でも幸せなんだろう。ここは誰にも邪魔されない空間だ。お前は苦労したから、それでいい」 「でも僕ばかり幸せでいいのか、後ろめたい時もある。お屋敷に残して来たお二人のお子様が気になって」 「あぁ、お前が執事をしていた家のか。病気の雪也くんのことは確かに心配だな」 「……うん」  瑠衣は懐かしそうに目を閉じた。  長い睫が揺れている。 「雪也さまもそうだけど、柊一《しゅういち》さまのことが心配で」 「柊一? 誰だっけ」 「あれっ……会ったことなかったか。雪也さまの10歳年上の兄だよ」 「あぁ話で聞いただけだな。いつも雪也くんが自慢していたお兄さんか」 「うん、彼はね、少し僕に似ていて……僕たちは主従関係を越えた信頼関係を築いている最中だったんだ。柊一さまは弟が病弱だったこともあり、早くに大人にならなくてはいけなくて」  そういう切なさは、俺にも分かる。    早くに大人にならなくてはいけなかった子供か……  それは、俺と瑠衣も同じだ。

ともだちにシェアしよう!