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愛しいということ 4
「おはよう……海里、モーニングティーを持ってきたよ」
「瑠衣、おはよう」
ははん、瑠衣の奴、澄ました顔で執事らしく振舞っているが、相当眠たそうだし、切れ長な二重の目元も腫れぼったいな。
「ふぅん……いい夜だったみたいだな」
「……どういう意味?」
「よく寝たってことさ」
澄ました顔でポットから紅茶を注ぐ瑠衣の手が、動揺で震えた。その分じゃ散々啼かされただろう。声だって少し掠れて……
まぁ普段はこの別邸には泊まる客はいないのだろう。アーサーは執事という名目で瑠衣を引き抜いたが、お前たちはもうとっくにそんなの解消しているだろうに。
生真面目な瑠衣らしい。アーサーの腕の中を抜け出して、俺に紅茶をいれに、わざわざ現れるなんてな。
「もう海里は黙って」
「まだ何も言ってないよ」
紅茶には胃に負担をかけないためにミルクがたっぷり入っていた。俺が昔からミルクティーが好きなのを知っている気遣いに、思わず頬が緩む。こうやって朝から二人で話していると、使用人だらけの不必要に広い家で、瑠衣と暮らした数年間を思い出す。
「へぇ、いい香りだ」
「これはアーサーの家の特注のクラシックブレンドなんだ。僕もとても……好きだよ」
瑠衣が好きなのはアーサーだろう。と軽く突っ込みたくなるが、これ以上ちょっかいを出すと、むくれてしまうので言わない。
空港までは瑠衣の運転で、アーサーも同乗した。
「海里……俺、今最高に幸せだよ」
「言わなくても分かるさ。二人の間に流れる空気で」
「そうか。ありがとうな。来てくれて。ずっと俺と瑠衣の事を心配してくれた君に見て欲しかった」
「お前はすごいよ。一途に愛し続けるのは並大抵なことではない。しかも10年以上も一方的に想い続けるなんてさ」
「瑠衣の本心を知っていたから、諦めきれなかった」
この二人はもう最初からずっと愛し合っていたのだ。だから瑠衣の本心もずっと伝わっていたというわけか。本当に羨ましい程の純愛だ。そんな愛があるなんて、目の前にしてもやはい信じられない。
「そうか……術後の経過も順調だし、良かったな」
「あぁ後は再発しないことを祈るのみだ。もう絶対に瑠衣をひとりには出来ないからな」
「大丈夫さ。お前の傍には特効薬がついているんだから」
「はは。あっそうだ、これ土産だ」
手渡された紙袋の中には、綺麗にラッピングされた四角い箱が2個入っていた。
「何だ?」
「朝飲んだ紅茶だ。瑠衣がいれる紅茶は美味しいだろう。俺にも毎日いれてくれるが、今日はいつの間にか抜け出して、海里の所に行っていたな」
「それ妬いてるのか」
「まさか! 瑠衣は俺に惚れてる」
「はいはい」
「二つあるから、海里の気になる人にでも渡せよ」
「そんな人いない」
「分からないぞ。日本で新しい出会いがあるかもしれない」
日本で新しい出会いか。
そうだな……今日これから何があるのか、明日何があるのか。それは誰にも分からない。
長年想い合った二人の恋の成就をこの目で見たせいなのか、俺もそんな相手に出逢いたいと心の底から願ってしまうのは。
今までここまで強く願ったことがあるだろうか。
どこか年々……冷めて諦めていた人への想いだったのに。
俺は日本に戻り、明日からはまたあの病院の勤務医として勤めることになる。
今度こそ、未来に夢を託してみようか──
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