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愛しいということ 5
「雪也、ほらっ早くしないと」
「兄さま……待って、そんなに急ぎ足じゃ……はぁはぁ」
「あっ、ごめん」
最近、時計が気になってばかりだ。
常に何かに急かされているような焦燥感に押し潰されそうになる。
こんなんじゃ……駄目だな。
雪也は地下鉄になんて乗り慣れていないのに、こんな雑踏の中を、僕の歩調で突き進むなんて最低だ。
地下道の隅に雪也を連れて行き、少し休ませた。
「大丈夫か。気づかなくてごめんな」
「はい、あの……僕の方こそ、ごめんなさい」
「なんで謝る?」
「だって……僕の心臓が悪くなければ、こんな風に兄さまに負担をかけることはなかったのに」
「馬鹿だな。病気は雪也のせいじゃないだろう? さぁ今度はゆっくり歩こう」
雪也の手を引いて、意識的に彼の歩調を合わせた。
小さな弟の雪也……守ってあげたい僕の宝物。
お前の負担を軽くするために両親が用意してくれた特別室も、運転手付きの自家用車も……全部手放すことになってすまない。
でもお前が……どんなに境遇が変わっても文句ひとつ零すこともなく、以前と同じように信頼し、無垢な瞳で見上げてくれるから、僕も頑張れる。
それにしても虎ノ門にある大学病院はいつも混んでいるな。朝一番に並んでも数時間待たされることはザラだった。予約なんて形ばかりだ。急患優先だし、仕方がないことなのだが……
以前だったら……予約は特別枠だったし、フカフカの絨毯が敷き詰められた特別室で冷たいドリンクでも飲みながら、優雅に先生の往診を待てば良かったが今は違う。一般枠での予約になり、混みあった空気の悪い待合室の硬いベンチで、長時間じっと待たないといけなかった。
恵まれた待遇と充分な治療で保たれていた雪也の体調は最近思わしくない。軽い発作も増えて来て……心配だ。
「兄さま、今日も診察まで時間かかりそうですね。あの少し眠っていてもいいですよ」
「うん……ごめん。診察の順番が来たら起こして」
「はい。僕なら大丈夫ですよ」
本当にごめん。少しだけ……少しでいいから休ませて欲しい。
****
久しぶりに戻ってきた虎ノ門にある大学病院。
白衣を着て、古びたタイルの廊下を歩くと、懐かしい気持ちが込み上げてくる。やれやれ、帰国前に英国に寄ったせいだな。アーサーと瑠衣があんまり幸せを見せてくれるから、色恋の世界に酔ってしまったじゃないか。
さぁ今日からまたここで頑張ろう!
胸元の聴診器の重みに、医師としての責任感が復活してくる。
すると向こうから歩いてきた後輩医師に呼び止められた。
「森宮先生! 森宮海先生じゃないですか」
「あぁ久しぶりだな」
「ドイツへの研修お疲れ様でした。今日から復帰ですか」
「そうだ。またよろしく。留守中、担当患者が世話になったな」
「いえいえ」
「変わったことはないか」
「んーそうですね。あぁ冬郷雪也くんのことですが……」
「どうかした?」
「いや、その……」
そこまで話したらアナウンスで呼ばれたので、話は聞かずに、診察室に向かった。
雪也くんが、一体……どうかしたのだろうか。
確か今日の診察予定に入っていたよな。
小公子のような愛らしい男の子だった。
あれから1年経って、少しは大人になっただろうか。
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