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愛しいということ 7
「雪也くん、ちゃんと俺に話して……君の母親はどこだ? いつだって傍にいたじゃないか」
「あっ……先生」
雪也くんの薄い肩を掴んで問い詰めてしまった。すると彼は細い人差し指を自分の唇にあて眉根を寄せた。
「しっ……あの……先生、向こうで話せますか」
「あっあぁ悪かったな」
「ごめんなさい。僕の兄さまが、隣でよく眠っているので……」
「兄さま?」
雪也くんの視線を辿ると、ベンチに座り壁に頭をもたれて眠っている男性が目に入った。
顔は……残念ながら俯いているせいでよく見えないが、ほっそりとした身体つきで、手足が長く綺麗なスタイルだと思ってしまった。
この子が雪也くんが以前から自慢していた兄で、瑠衣が心配していた青年なのか。確か名前は柊一《しゅういち》だったな。
ん? 彼は冬郷家の跡取り息子で御曹司のはずなのに、随分くたびれたスーツを着ている。更に指先に目が留まりハッとした。雪也くんの手もカサついていると思ったが、この青年の手先はもっと酷く荒れていた。この時期にあかぎれ? 指の節に血が滲んで、薄い皮膚が痛々しかった。
そこに看護師の怖い声が鳴り響いた。
「あー先生、こんな所にいたんですか。もうっ沢山患者さんがお待ちですよ、お戻りください!」
「あぁだが……雪也くんをこんな場所に置いておくのは」
雪也くんを彼女は一瞥した。
「あぁそれは……もうこの子はいいんですよ。一般予約だから順番を守ってもらっています」
吐き捨てるような冷たい声だった。
一体彼の身にどんな境遇の変化が。
「一般予約って?」
「先生、診察の時にちゃんと話しますので早く戻って下さい。引き留めてごめんなさい」
雪也くんが申し訳なさそうに深く頭を下げる。
いつだって皆に守られていた君がそんなことをするなんて。
それに彼の兄の疲労困憊な姿にも……後ろ髪が引かれる想いだった。
****
「ん……雪也、まだ順番じゃないのか」
「あ、兄さま。まだ眠っていて下さい」
「今……誰かと話していた? もう呼ばれたのかと思った」
「大丈夫ですよ。診察は僕ひとりで受けられるので、ギリギリまで休んでいてください。僕がひとりで地下鉄の乗り継ぎが出来たら良かったのに。早く覚えますね」
「そんなこと言わなくていいんだよ。それよりもう少しだけ眠っていてもいいのかな」
「はい」
兄さまは再びカクンと項垂れてしまった。深い眠りに落ちていく様子をじっと見守った。昨日も一昨日もほぼ徹夜だったのを僕は知っている。それが全部今日の午前中、休むためだったことも……
「兄さま……ごめんなさい」
僕の制服の上着を脱いで、かけてあげた。
廊下は少し肌寒く感じたが、僕にも出来る何かが欲しかった。
ようやく僕の名前が呼ばれたのは、それから1時間近く根気よく待ってからだった。
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