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愛しいということ 8

「雪也くん……君に一体何があった? さぁ正直に話してくれ」 「先生……実は1年前、海里先生がドイツに行かれた後すぐに、僕の両親は交通事故で亡くなってしまったのです」 「なっ……なんだって!」  海里先生の顔が途端に青ざめてしまった。帰国したばかりの先生を驚かせてしまったと反省した。 「そんな……大変じゃないか」 「あの、でももう慣れました。僕たち……なんとか暮らしています。僕には心強い兄がいるので、そんなに心配しないでください。その……以前のような特別枠はもう無理ですが、地道にコツコツ生きていこうと」 「そんな……そんな事ってあるのか」 「海里先生にまた診ていただけて良かったです。また……来ますね」 「雪也くん、何かあったら俺を頼ってくれ」  先生は優しい。流石憧れの海里先生だ。でも先生にまで迷惑をかけるわけにはいかない。ただでさえ僕は足手纏いで……兄さんに散々迷惑をかけているのだから。  診察の結果、また少し悪くなっていたようで、お薬がひとつ増えてしまった。兄さまに負担をかけてしまうな……それが悲しい。 「先生……ありがとうございました」  暗い気分で帰ろうとしたら、先生に呼び止められた。 「あっ待って、雪也くんにこれを」 「何ですか」 「イギリスのお土産だよ。紅茶だそうだ。その……君のお兄さん随分疲れているようだから、君が美味しくいれてあげるのはどうだろう?」 「先生……すごく嬉しいです。イギリスのお紅茶なんて……執事がよくいれてくれたから、懐かしいです」 「……そうか」  嬉しい! 僕にも兄さまにしてあげられることがある。そう思うと気分が少し明るくなった。  海里先生からいただいたお紅茶を大事に抱えて、僕は帰宅した。  道すがら兄さまは何度も時計を気にするばかりで紅茶のことには気づいていないようだった。そして僕を屋敷に送り届けるなり、またすぐに出かけてしまった。 「雪也ごめんな。ばあやとお留守番頼むよ。今日は学校にも間に合わずで、残念だったね」 「大丈夫です。先生も今日はやめておいた方がいいと言っていました」 「そうなんだね。ごめんよ。兄さま、眠ってしまって診察室にも入れずに」  兄さまは少し悔しそうな表情で、僕の頭を撫でてくれた。 「行ってくるよ」 「行ってらっしゃい。兄さま、お仕事頑張ってください」  今日もお仕事忙しいのかな。帰りは遅いのかな。  もうお屋敷の使用人は、ばあやしかいないから……不安だけど、兄さまの方が慣れないお仕事で大変なんだ。  僕ももっと強くならないと。  僕も頑張らないと……    

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