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愛しいということ 9
「雪也くんは大丈夫だろうか。心配だな」
先妻の息子だった兄がホテル業を継ぎ、後妻の息子の俺は医者になった。
俺の方は今は大学病院勤務のしがないサラリーマンのようなものだ。
雪也くんを助けたくても、何も出来ないことが、もどかしいな。
しかし幼い時から診ている患者とはいえ、どうしてこんなにも気になるのだろう。
今時……あまりにも真っ白過ぎる子供だからなのか。
今までは彼は裕福な環境と包容力のある両親に大切に宝物のように守られてきた。だから……あの細い兄ひとりが背負っていくのは、気の毒だ。
確か兄は雪也くんよりも10歳年上だと言っていたよな。今、23歳位か……急に運命が狂って一番戸惑っているのは彼だろう。
彼だって跡取り息子として大切に育てられていたはずだ。本来が白魚のような手だったろうに……指先のあかぎれが痛々しくて、どうにかしてやりたくなった。
「なぁ誰か皮膚科に知り合いはいないか」
「海里先生、突然、何ですか」
「いや、あかぎれってどんなクリームがいいのか知っているか」
「あかぎれ? あぁそれならうちの皮膚科の調合クリームは評判いいですよ。あとは手袋とビタミンEを含む食べ物を取ることでしょうかね」
「なるほど。ありがとう、あとで行ってくるよ」
「先生があかぎれ? ドイツで苦労されたんですねぇ……」
次の雪也くんの診察日には、また会えるか。その時に渡してやろう。雪也くんを守るために頑張っている兄を応援したくなった。
そういえば、結局ずっと眠っていたから、俺はまだ兄の顔を見ていないな。
頭の形や骨格から、雪也くんによく似ていそうな感じがした。雪のように清らかな雪也くんの10年後の姿を思い浮かべてみたが、あまりイメージが沸かなかった。
今度はちゃんと話してみたいものだ。
1年ぶりに戻ってきた日本で、俺は少し気になる人に出会った。
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