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愛しいということ 10
「ばあや、瑠衣みたいな味のお紅茶をいれてくれる?」
「まぁ……ばあやには、そんなハイカラなことわかりませんよ。日本茶みたいにいれるのでは駄目ですの?」
「うーん、それだと何か違うんだ」
海里先生からもらった箱を開けると、英国製のお紅茶の缶が入っていた。
シルバーの缶には由緒正しき家紋のようなものが入っていて、まるでおとぎ話の絵本の装丁のように美しかった。そして缶を開けると、とても香しい茶葉だったので、すぐにばあやに頼んで、いれてもらった。
でも……いつも瑠衣が注いでくれたお紅茶は香り高く美味しかったのに、ばあやがいれてくれたのは……何かこう、物足りない。
困ったな。疲れて帰ってくる兄さまに、瑠衣がしていたように、ミルクのたっぷり入ったお紅茶を出してあげたら、どんなに喜ばれるかと思うのに。
庭の薔薇園をぐるぐると歩きながら考えていると、柵の向こうから話しかけられた。
「あら雪也くんじゃない。学校は?」
「あ、白江さん! 今日は病院だったので休みました」
白江さんはお向かいのお姉さまだ。兄さまと同い年で、去年お見合いで結婚され、もうすぐ赤ちゃんが生まれるらしく、大きなお腹をしている。
「そうなのね。私は今から中庭でアフタヌーンティーをする所よ。そうだわ、よかったら雪也くんもどうぞ」
「あっそうか」
白江さんなら知っているはずだ。美味しいお紅茶の入れ方を!
「白江さん、正式なお紅茶の入れ方を僕に教えて下さい」
「まぁ、急にどうしたの?」
「実はお兄様に美味しいお紅茶をいれてあげたくて」
「ん? そんなの執事にやってもらえばいいのに。あっそうか瑠衣さんはもういないのよね」
「うん、もう瑠衣は遠くに行ってしまったから」
「分かったわ。教えてあげる。柊一さんの疲れを癒してあげてね。あの人……最近とても疲れているわ」
****
「今日も遅いのかな。兄さまは本当に毎日お忙しそう。もう外は真っ暗なのに……」
二階の僕の部屋からは、一階の玄関付近が浮かび上がるようによく見える。
電気代もままならず一階は真っ暗で降りるのも怖いけど、玄関のポーチには橙色の暖かな灯りが、お父様やお母様がいらした頃と変わらずに灯っている。
僕はその電灯に影が映るのを、今か今かと待っていた。
「あっ兄さまが、帰っていらした!」
夜になって兄さまが疲れた顔で戻ってきたので、僕は急いで階段を下りた。
あぁ最近は、この位のことでも息があがってしまう。
「兄さま、はぁはぁ……」
「雪也、どうした? 苦しいのか」
兄さまは荷物を投げ捨てて、僕を抱きしめてくれた。
あ……また心配かけちゃった。
「あの、違くて、兄さまに今日は僕がお紅茶をいれてあげようと思って」
「よかった! 具合が悪いんじゃないんだね。それにしても雪也がお紅茶を?」
「うん、白江さんに習ったんだ。楽しみにしていてね」
「そうか。嬉しいよ」
兄さまが笑ってくれた。
僕の兄さまは笑うと花が咲いたように綺麗だ。
それだけで、とても嬉しかった。
兄さまは僕をとても大切に扱ってくれるけれども、僕だって兄さまが大事なんだ。
10歳も年が離れているから、今は何の役にも立たないのがもどかしい。
いつかきっと僕が兄さまに幸せを運ぶから……
どうか今は辛抱してください。
早く……早く大きくなりたいよ。
大人になりたい。
僕の願いはいつだって、同じことを繰り返す。
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