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愛しいということ 11
「兄さま、こっちです。早くこっちにいらして」
「待って雪也、そんなに走ったら駄目だ。あまり興奮しすぎると、また」
「あっごめんなさい」
「ごめん……僕も心配しすぎだよね」
兄さまには椅子に座ってもらい、僕はキッチンに入った。住み込みの最後の使用人のばあやはもう眠ってしまった。ばあやはお母様が小さい頃から付いている人なので、もう高齢だから。
でも大丈夫。僕だってひとりでお湯を沸かせるようになったし、いれ方を白江さんに何度も教えてもらったんだ。
まず汲み立てのお水をやかんにいれて沸騰させ、ボコボコと泡が出てきたら火を止める。ポットとカップは最初から温めておいて、そこに海里先生からいただいた茶葉をいれる。僕と兄さまの分だからスプーン2杯っと。
そこに沸騰したお湯を注ぎ蓋をして、更にこの時、ティーコジーとティーマットを使うと保温効果が上がっていいそうだ。
「兄さま、あと3分待ってくださいね」
「へぇ雪也がそんなこと出来るなんて驚いたよ」
「エヘン」
いつの間にか、兄さまもキッチンに入ってきて、僕の様子を見守ってくれていた。優しい眼差しを浴びると嬉しくなる。
お父様もお母様も、もういないけど、僕には兄さまがいる。
そのことが嬉しくて──ありがたい。
砂時計が落ち切ったら、ポットの中をスプーンで一度かきまぜて、茶こしを使ってティーカップに最後の1滴まで注ぐ。
「兄さま、この最後の1滴を何というか知っていますか」
「ん? 何だろう」
「『ゴールデンドロップ』と言うそうです」
白江さんに教えてもらった言葉だ。
『ベストドロップ』とも呼ばれ、紅茶の成分や香味が凝縮された最も美味しい一滴だと言われているそうで、本場英国のパーティーでは、この最後の一滴を、一番大切な人のティーカップに注いで差し上げるのが習慣だそうだ。
僕の一番大切な人……それは兄さま。
だから僕は兄さまのカップに注いだ。
それからミルクを注いでミルクティーの完成だ。
「兄さま、僕たち……最後まで諦めないでいたいですね」
「雪也……ありがとう。とても美味しい。雪也がこんなこと出来るようになったなんて、僕も負けていられないな」
「兄さまは負けてなんていないです! 」
熱々のミルクティーを飲んだおかげか、兄さまの白い頬に赤みがさしてきた。今日は午前中、病院で仮眠を取れたのも良かったのかも。僕の病院通いに毎回付き合っていただくのは申し訳ないと思っていたけれども、少しでも兄さまの休息になるのならと考えるようにした。
前向きに考えないと、どんどん悪い方に落ちてしまいそうだ。
先が見えない不安と、僕と兄さんは戦っている。
でも最後の1滴が一番美味しいように、最後まで諦めないでいたい。
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