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愛しいということ 14
「海里先生、こんにちは」
「あぁ雪也くん、その後、調子はどうだい? 」
「はい。新しいお薬が効いたみたいで調子は良かったです」
2週間ぶりに会った雪也くんの顔色は、その言葉とは裏腹に冴えなかった。
「今日もお兄さん、来ている?」
先程ちらりと見たが、廊下に姿がなかった。
「あ……ここまで送ってくれたのですが、会社に急に呼ばれてしまって」
「そうか、随分忙しいんだね」
何故だろう、妙にがっかりしてしまった。
何なんだ……このざわついた気持ちは?
きっと用意しておいたハンドクリームを直接手渡して、雪也くんを守り頑張っているのを励ましてやりたかったのかもしれないな。
「先生、あのお紅茶とても美味しかったです。兄もすごく喜んでくれていました」
「よかったよ。実はあれは君の執事だった人が今働いている家のものなんだ」
「えっ瑠衣の?」
「そうだよ」
あれ? もしかして瑠衣の新しい勤め先を話すのは、まずかったのか。
「そうか! 先生と瑠衣はお知り合いでしたよね。僕が最初に発作を起こした時、瑠衣の知り合いだからって家まで駆けつけてくださって」
「そうだよ。そう言えば……瑠衣には、君のご両親のことをちゃんと知らせたのか」
瑠衣は何も知らないようだったが……そのことが気がかりだ。
「いえ、兄も僕も、瑠衣には瑠衣の幸せをと思っているので、実は敢えて知らせていません。先生もどうかそのつもりでお願いします。あっ……その、僕みたいな子供が生意気言ってすみません」
幼い子供たちが自分たちの境遇を置いてでも、瑠衣の幸せを願っているのか……何だか切ないな。ならば俺が口出す権利はないよな。悩ましいが従うしかなさそうだ。この子たちもギリギリの所でプライドを持って頑張っているのだから。
「分かった。言わないよ」
「良かった。僕たち……瑠衣には本当によくしてもらって。だからこそ恩返ししたくて。ねっ先生、お約束ですよ」
雪也くんが細い小指を差し出して、小首を傾げながら俺を見つめる。
まだまだこういう仕草は、幼い子供のようで可愛いらしいな。
君のお兄さんも、こんな顔をするのだろうか。
いや、しないような気がする。必死に家のために奮闘しているのだろう。
「じゃあその代わりこれをお兄さんに渡してくれるかな」
「先生、これは? 」
「ハンドクリームだよ。お兄さんの手先が随分荒れていたから、職業柄気になってね」
「あ、すみません。僕……気づかなくて」
「君も塗るといい。これは雪也くんの分だ」
「でも、そんな。これのお代……持ち合わせていないのに」
「そんなことは、気にしなくていいよ」
薬代も気にするほどなのかと、やはり心配になった。
「何かあったら俺を頼っていいから。瑠衣からも頼まれている。お兄さんのこともね」
「先生、ありがとうございます。兄のことを心配してくれる人がいなくて、本当は不安だったので、すごく嬉しいです」
ますます君のお兄さんのことが、気になってしまった。
今度は、今度こそは、会えるだろうか。
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