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愛しいということ 15

「兄さま、お帰りなさい」 「雪也、今日はごめんよ。病院からひとりで帰らせて、大丈夫だった?」 「兄さまってば、僕ももう中学生ですよ。それ位大丈夫です」 「……うーん。でも、やっぱりまだ心配だよ」  兄さまは疲れているにも関わらず、僕の話をいつも優しく聞いてくれる。  こんなに優しい兄さまに、とびっきりの幸せがやってきますようにと願うことしか出来ないのが、もどかしいよ。 「そうだ、今日、先生がこれを兄さまにって」 「ん? 何だろう」 「ハンドクリームだそうです」 「えっ」 「ごめんなさい。僕、気づかなくて。兄さまの手、いつの間にこんなに荒れて」 「っつ」  兄さまは慌てて手を引っ込めてしまった。その様子が切ないよ。  僕の憧れの兄さまには、いつだって凛として前を向いていて欲しい。どんな境遇でも、恥じないで欲しい。だって兄さまが僕の前に立って風雨を凌いでくれている証なんだ、それが。 「大丈夫だよ。仕事先でタイプライターを使ったり、インクを使うことが多くて、見苦しかったよね」 「兄さまの手はかっこいいです。しっかり働いている人の手です! 」 「雪也……」  そういえば……最近、高齢のばあやの代わりに水仕事をやってくれていた。僕はようやくその事に気が付いた。 ****  そんな綱渡りのような日常が淡々と続き、季節は再び冬を迎えていた。    クリスマスもお正月も、本当に質素で簡素なものだった。お父様やお母様がいらっしゃった時はいつもこの時期にはお屋敷で華やかなパーティーが行われ、暖炉の炎がいつも赤々と揺れていたのに。  天井の着く程のもみの木も、山のようなプレゼントも──    兄様は難しい顔でこう告げた。 「雪也、ごめんな。ばあやには暇を取らせようと思う」 「……分かりました。僕、兄様の迷惑にならないようにしたいです」 「大丈夫だよ。僕だけでなんとかするから。もう炊事にも慣れたし。お前には寂しい思いをさせるが、ごめんな」  ばあやに暇を取らせるほど、この家の経済状態は危ないのだろうか。  お父様の経営されていた会社の整理に思ったよりお金がかかったようだと、ばあやがぼやいていたけれども……きっと僕の病院代だってかなりの負担に違いない。 「兄さまにも、自分の時間を楽しんで欲しいです。いつも僕のことばかり」 「雪也が一番なんだ。雪也が幸せなら、僕も幸せだ」  兄さまが、儚く笑う。  その笑顔が胸に刺さってしまった。  僕の心臓は最近本当はあまり調子が良くない。でもこれ以上兄さまに迷惑をかけられない。学校にも実は最近あまり行けていない。無理をしてこれ以上迷惑をかけたくないから、家で横になっていることが多い。    僕の未来は……最近、不安で一杯だ。  ねぇ兄さま、僕はちゃんと大人になれるかな。  怖くて怖くて、絶対に誰にも聞けないことだった。  

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