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愛しいということ 16
「先生、次は雪也くんの番です」
「分かった」
帰国してからあっという間に季節が流れ、もう冬になっていた。
雪也くんの症状は正直あまりよくなかった。たぶん両親が亡くなり、境遇が一転し……心にも躰にもダメージを負ってしまったからだろう。もっと治療に専念して欲しいのに、むしろ最近は予約を飛ばすことが増えてきて心配だ。
雪也くんの兄は、相変わらず病院に送り迎えしては……診療室前のベンチで疲れた顔で転寝をしている。それか会社に呼び出されていないことが多かった。
この古びた病院の待合室は、さぞかし寒いだろうに。そろそろちゃんと起きている所を見せて欲しい。俺のことをしっかり見て欲しいものだが。
少し時間が経っても、今日は雪也くんがなかなか診察室に入ってこない。
「ん? 次の方どうぞ。冬郷雪也くん」
アナウンスするが一向に入ってこない。その代わり血相を変えた看護師が診察室に入って来た。
「先生、ちょっといいですか」
「何だ? 」
「あのっ雪也くんの連れの方……具合が悪いみたいで」
「なんだって?」
慌てて駆け寄ると、雪也くんがお兄さんにしがみ付いて、泣きべそをかいていた。
「兄さま! 兄さま……しっかり」
「どうした?」
「あ……先生。兄さまがすごい熱なんです。朝から辛そうだったのに無理をさせちゃって」
「何だって?」
彼の額に手をあてると、かなり高熱だった。
「分かった。雪也くんより先に診察しよう」
「お願いしますっ、先生……」
不安で壊れそうな表情を、雪也くんは浮かべていた。
氷のように冷たそうな、雪のように白い顔だった。
「大丈夫だよ。俺がちゃんと診るから」
「おいっ 君……歩けるか」
頭を押さえて俯いている彼の肩に手を置いて、声をかけてみた。
「うっ……眩暈が」
喉の奥から絞り出すような苦し気な声に、胸が塞がってしまう。
「よし、向こうで少し休ませるぞ。使っていない部屋はどこだ?」
俺は迷いなく彼を横抱きにした。そのまま少し離れた診察室に運んでやった。高熱で朦朧としている彼は、抵抗することもなく手足をだらんとさせたままだった。
可哀想に、こんなになるまで我慢していたのか。
弟の病院に付き添うことを、自分の体調よりも優先させて……
「ん……」
彼が夢現の状態で、俺の白衣の胸元をキュッと掴んだ。
その仕草に胸の奥を鷲掴みされたような気持ちになった。
なんだ、この気持ち……
初めて間近で見る彼の顔は、目を瞑っていても分かるほど清楚な雰囲気だった。雪也くんによく似た可愛らしい顔立ち。それに兄としての凛とした雰囲気が加わって……今まで俺の周りにはいないタイプの清廉な人だと思った。
「どうした? どこが苦しいのか。教えてくれ」
「……た……すけ……て」
小さな、それは聞き逃してしまいそうな程の小さな願いだった。
守ってやりたいとも、助けてやりたいとも……
今までにない不思議な気持ちが、胸の奥から這い上がってくるのを感じた。
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