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愛しいということ 17
ゆらゆらと宙を浮いているような心地だった。
躰が熱く頭も痛いのに、なぜかその揺れが懐かしく心地良く感じた。
そうか……お父様やお母様がいらした頃、よく乗馬をした。
白馬に跨って小径をゆっくりと歩んだ時の揺れと似ている。
でも……ここは病院の待合室だったはず……
あっ駄目だ。雪也をひとりにしてしまう。僕がいないとあの子は……ひとりぼっちになってしまう。
誰か……だれか……
必死に手を彷徨わせて僕が掴んだのは、白い布だった。
まるでマントのように張りがある生地だった。
「どうした? どこが苦しいのか。教えてくれ」
「た……す……けて……」
ちゃんと口に出せたのだろうか。
ハッと現実に戻ろうと頑張ってみたが、眩暈がして目を開けられない。
この揺れ……もしかして誰かが僕を運んでくれているのか。
そのまま柔らかい芝生に寝そべるように、優しくベッドに寝かされた。
「大丈夫だよ。安心して」
優しい声が降って来る。
あなたは……誰ですか。
「少し休むといい。熱はじき下がるから」
暫くじっとしていると頭の下にひんやりとした枕を置かれ、額に誰かの手が触れた。
優しい……とても優しい温もりを感じた。
誰かが僕を助けてくれたのか。
安堵と共に、熱い涙が雫となって頬を伝っていくのを感じた。
あっ……どうして。
でもそれは途中で消えていった。
僕の不安を吸い上げてくれるかの如く、消えてくれた。
そこから僕が完全に眠りに落ちてしまった。
****
空いている診察室のベッドに寝かしてやると、廊下では雪のように蒼白に見えた顔は、むしろ赤みを帯びて苦し気な様子だった。
これは、かなり熱が高いな。
氷枕をあててやると苦悶の表情が少しだけやわらいだ。汗ばんだ額にそっと手を当てると、彼はその凛とした張り詰めた表情を、ほんの少しだけ緩めてくれた。
こんな柔らかい表情も出来るのか。
美しい……弟のために必死に生きている健気で気品のある子だ。
可哀想に……
可哀想なのに……とても愛おしいと思ってしまった。
だから目が離せなくて……じっと彼を見つめてしまった。
目を開けて、俺を見て欲しいとも──
すると彼の目尻にじわっと透明の雫が生まれ、それが落下していくのが見えた。
「泣くな……そんな風にひとりで泣くな!」
俺は……本当に反射的に、雫を唇で優しく吸い取ってしまった。
自分の取った行動に、動揺した。
えっ……今……一体何を──
どうして?
話したこともない相手の涙を口に……?
涙は、苦しい味がした。
彼の抱えている試練のような、重苦しい味だった。
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