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愛しいということ 18
目覚めて欲しいという願いは叶わず、彼はそのまま深い眠りに陥ってしまった。やれやれ今日も目を合わせてもらえなかったな。もはや……これは一方的な片思いのようだと苦笑してしまった。
「さてと、診察するよ」
意識はないが一応声をかける。
何しろ相手は病人だから、医師として診るだけだ。
ところが……高熱で呼吸は少し粗いので胸の音を確かめようと思ったが、少し躊躇ってしまった。これは診察だとは一番自分が分かっているはずなのに、何故だか胸が疼くような変な心地がする。
相手が清らかすぎるせいなのか。
きっちり締められた夜空のようなネクタイと真っ白なワイシャツ。どこまでもノーブルな印象だ。
君はこのまま今日も仕事に行くつもりだったのか。
苦しそうなのでネクタイを少しだけ指で緩めてやったが、全部外すのは諦め、白いワイシャツのボタンを3つほど外して、その隙間から聴診器を差し込み、肺と心臓の音に耳を傾けた。
聴診器が冷たかったのか、彼は一瞬だけ躰をビクッと震わせた。
「よし、特に問題はないね。音は綺麗で整っているよ」
意識がない彼に話しかけてみた。
「おそらく風邪だろうね。疲労もあるから、少しここで休んでいくといい。風邪薬の処方を出してあげよう」
返事がないのがもどかしいな。すると兄の代わりに、弟の雪也くんがいつの間にか、診察室の中にいることに気が付いた。
「先生、ありがとうございます。兄のこと診て下さって」
おっと、俺としたことが、すっかり存在を忘れていた。まさかさっき彼の涙を吸ったのを見られてしまったか。
……この様子なら大丈夫か。
「あぁ、特に呼吸や心音に問題はなかった。風邪だと思うよ。夕方までここで休んで行くといい」
「そうなんですね。良かった……あの僕が付き添っていても?」
「勿論だ。俺はまだ診察があるからここには居られないから頼むよ」
「はい!任せてください」
兄想いなのは知っていたが、本当に必死だな。
兄弟でいつもこうやって……守りあっているのか。
君たちは健気過ぎるよ。
「あとで君たちにお昼を差し入れてあげよう」
「え……いいんですか。海里先生、何から何までありがとうございます」
雪也くんがすっと背筋を伸ばして礼儀正しく深々とお辞儀をしてくれた。
もう……着ているものは昔のように上質なものではなが、清潔さは失っていない。何より幼い頃から染みついた身のこなしは一流だ。
まるで小さな小公子──
以前そう思ったことは、もう過去になってしまったと思ったが、そうじゃない。どんな境遇になっても、結局その人の心がけ次第なのだ。
雪也くんは兄に守られ、何も失っていなかった。
その事が嬉しかった。
同時にこの兄が同じ仕草をしたら、どんなに美しいだろうと想像してしまった。
やはり、俺は少し変なのか。
相手はずっと年下の、まだか細い少年のような子なのに。
この気持ち、名前を知らないこの気持ちは一体……
さっきから……知りたくて、もどかしい。
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