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愛しいということ 19
「海里先生、もうっ早く診察に戻って下さいよ」
「あぁ悪い」
心残りだったが、医師としての仕事を優先しないとな。
どうか昼まで大人しく寝ていてくれよ。
そのまま診察に没頭し13時過ぎにようやく外来診察を終えた。
そのまま休憩時間に入ったので急いで食堂に駆け込んで、持ち帰り用に温かいスープを用意してもらった。
足早に彼と雪也くんが待つ診察室に戻ろうと病院の寂れた売店前を通り過ぎた時、場違いな程美しい色のひざ掛けが展示されているのが目に入った。
へぇ……北欧の優しいブルーを思わせるような慎ましい色だな。
彼のことを思い出してしまう。
「まぁ麗しの森宮先生が売店でお買い物? 珍しいですね」
背後から同僚の女性医師に話しかけられた。
「あぁ、この毛布の色が綺麗だと思ってな」
「あら? 本当だわ。なんでこんな洒落たものが売っているのかしら」
ふたりで首を傾げていると、売店の店員がヒョイと顔を出して、会話に加わって来た。
「それねぇ発注ミスなんですよ。定番のこげ茶のひざ掛けを頼んだつもりが」
「……何という名の色だ?」
明るい水色……どこかで見たような穏やかな優しいブルー。
「えーっと、確か勿忘草色《わすれなぐさいろ》ですよ」
「なるほど」
「森宮先生ったら、勿忘草と言えば英国では「forget me not」……『私を忘れないで欲しい。真実の愛』という花言葉なんですよ。ふふっ、もしかして誰かにあげたいんですか」
「……これを貰おう」
「あら、やっぱり?」
「悪い、急ぐから」
「あーあ、つれないですねーいつもの事ながら」
勿忘草色のひざ掛けか。
「forget me not」
寒い待合室のベンチで、いつも弟を待っている君に贈りたい。
俺をちゃんと見て、覚えていて欲しいと──
****
兄さまは、あれからずっと眠ったきりだ。
「でも大丈夫。ここはとても安全で安心できる場所ですから」
そう早く教えてあげたくて、さっきからウズウズしていた。
そっと兄さまの綺麗な形の額に手を置くと、熱が下がってきているようで
ホッとした。
本当に……倒れたのが病院で良かった。
兄さまがお熱を出すなんて、いつぶりだろう。
いつも僕の心配ばかりして、自分のことを棚にあげて。
兄さまが、ばあやに暇を取らせてから、仕事だけでなく家のことも全部やっていたので疲労困憊なのは分かっていたのに、僕の病院にまで付き添わせてしまって、ごめんなさい。
込み上げてくる涙を拭いて、兄さまの手をそっと握ってみた。
「あ……でも指先の手入れだけは、ちゃんと続けてくれていたのですね」
水仕事で深く傷ついていた指先は、もうガサガサしてはいなかった。
「海里先生が下さったクリームがよく効いているのですね」
兄さまはこんなのもらう筋合いはないのにと怪訝な顔をしていたけれども、
あれからきちんとお手入れ続けてくれていたのが嬉しい!
「なんだか嬉しいです。兄さま」
海里先生が、あの日からずっと兄さまのことを気にしてくれているのは知っていた。兄さまはいつも眠ってしまうか、仕事に行ってしまうので、海里先生の姿を見ていないのが残念です。
それに、さっきだって……
あっ……あれは見なかったことにしないと。
兄さまに話したら、きっと酷く驚いてしまうから。
兄さまはきっとそういうことに、とても不慣れだから……
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