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愛しいということ 21
「ふざけんなよっ! 取材できなかったとは、どういうことんだ?」
雪也の付き添いの病院で倒れ、意識を失ってしまったせいで、大切な取材に間に合わなかった。なんとか辿り着いた時は、もう終わるところだった。
会社に戻り上司にその旨を報告すると、バサッと書類の束を投げつけられた。よけきれずに身体にぶつかり、その拍子によろめいてしまった。
壁に手をついてなんとか転ぶことは免れたが、自分でも驚くほど弱っていると感じた。
「本当にすみませんでした。僕のミスです」
頭を下げたって許されないことを僕はした。それは分かっている。今日はとても大事な取材だったのに、約束の時間をすっぽかしたのは、この僕だ。高熱で倒れたとか、そういうことは言い訳にならない。
「あぁくそっ! もういい! 頭を冷やしてこい」
「うっ」
上司に向かって下げていた頭に、突然ザーッとグラスの水をかけられた。スーツが濡れ、ワイシャツの隙間から躰をも濡らした。
冷たい……
歯を食いしばって耐えることしかできなかった。
ロッカーにとぼとぼと入りワイシャツを脱いで躰を拭いた。
せっかく下がった熱がまた上がってしまったら、ますます迷惑をかけてしまう。雪也にも心配かけてしまう。さっき……とても不安そうな顔をしていた。
人知れずハンカチで濡れた躰を拭いていると、ヒューヒューと口笛を吹かれた。
「へぇー元お坊ちゃまは、肌もきめ細かくて女の子みたいに白いんだな~」
「お坊ちゃまじゃなくてお嬢ちゃんか。こんな所で働かなくても、あんたの顔なら手っ取り早く稼げるところがあるぜ」
「そうそう!この躰と顔を武器にすればいいのにな。はははっ」
蔑まれる。
白いワイシャツを取り上げられ、土足で踏みつけられる。
こんな時カッとなって以前のように言い返せば、エスカレートするだけだから、必死に耐えるのみだ。
もう慣れた。もう十分過ぎる程、世間というものを学んだ。
やがて嘲笑う声が去り、ポツンとひとりロッカールームに残される。
僕は、この仕事が向いているとは思えない。
それでもしがみつかないといけないんだ。
大学四年生の時、就職活動も終わった頃にお父様の会社を急遽整理することになり……取引先から、なんとか紹介してもらった大切な職だから。
僕が会社を逃げ出したら……誰が雪也を養う?
あの子を大人にしてあげる約束はどうする?
両親が生きていた時に懇意にしていた親戚も、父の腹心の部下だと思っていた会社の重役も……自分たちにとって美味しいものだけ取って、あとは知らん顔だった。
人間関係の希薄さを、嫌という程学んだ。
だから僕はもう誰も頼れないし……頼りたくない。
でも……時々、何もかも投げ出して、逃げたくなる。
寂しく空しい気持ちだけが、僕を吹き抜けていく。
どこまでも荒涼とした風が吹く丘に、ひとり立っている気分だった。
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