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愛しいということ 22
「瑠衣、元気か」
「海里……どうした? 何だか浮かない声だね」
「……そうか」
「どうかしたのか。何かあったのか。まさか柊一さまや雪也さまに何かあったのでは」
「えっ」
瑠衣も勘のいい男だ。
あの兄弟の境遇の変化をぶちまけたくなるが、雪也くんとの約束を勝手に反故には出来ない。弟を必死に養い守っている兄の方にも自尊心もあるだろうしな。
「いや、何でもない」
「そう? ならいいが……何だか時折不安になるんだ」
「雪也くんのことなら、ちゃんと俺が診ているから安心しろ」
「ありがとう。こんなこと……僕はもう言える立場でないのは分かっているが、雪也様を必ず大人にして欲しいんだ。それが柊一様の喜びにもつながるから。雪也くんの幸せの上に、柊一様の幸せが成り立っているから、どうか頼むよ」
瑠衣にとっても、本当に大切な兄弟だったのだ。
ただ仕えていた家の子息というだけではなく、心の深い所で愛していたのだ。血を分けた肉親のように。その気持ちがひしひしと伝わってくる。
「あぁ、最近よく分かるよ。柊一くんにとって雪也くんはどこまでも愛おしい人なんだな。弟のためなら……何でもしてやりたくなるようだ」
「海里……?」
電話の向こうの瑠衣が怪訝そうな声を出した。
おっと、これ以上話していると、ぼろが出そうだ。
俺の異母弟の瑠衣は、アーサーと長い隔たりを経てようやく結ばれたのだ。
お互い我慢の連続で……きっと人知れず泣いただろう。自分の思いを殺して……生きてきたのだろう。だからこそ瑠衣は瑠衣のことに専念して欲しい。
日本のことは、日本にいる俺に任せて欲しい。
「瑠衣の生き方を尊敬するよ。俺は気になって気になって仕方がない。今すぐにでも傍にいてあげたくなるんだ」
「海里……? もしかして……そうか、君は今、恋をしているのだね」
「え……恋だって?」
「うん、本物の恋をしている」
愛しいと想う人がいる。
今の俺には確かに存在する。
いつも弟を連れて病院にやってくる彼から目が離せない。
どうやったら俺を見てくれるのか。
どこまで手を差し伸べていいのか。
どうやったら気高い君を振り向かせられるのか。
今までそんな恋をしたことがないから、分からないんだ。
もどかしい。
もどかしさで埋もれそうなほど、じれったい日々だ。
****
月日は瞬く間に過ぎていく。
今までは黙って立っていれば向こうから言い寄ってくるのが当たり前で、自分からアプローチなんてしたことがないので、戸惑ったままで、結局何も出来ずにいるだけだった。
ある日、久しぶりに待合室で彼を見かけた。
ここしばらく付き添って来なかったから、君の寝顔を見てホッとした。
あぁでも……また、そんな疲れた顔をして。
君が弟のために奮闘しているのを知っているからこそ、余計な手出しをしてはいけない気がして躊躇っている。
こんなの、俺らしくないのに──
「雪也くん、お兄さんにこれをかけてあげるといい」
「先生……これって、あの時のですね」
「うん、なんだか寒そうだから」
「ありがとうございます。兄さま、きっと喜びます!」
雪也くんが、寝ている兄にそっと勿忘草色のブランケットをかける。
胸元まですっぽりと被った君の寝顔は、どこまでも清らかだった。
参ったな。君は真っ白過ぎるよ──
その清らかな寝顔を、俺が守ってあげたい。
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