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愛しいということ 24

 ところが今日に限って先生は雪也を診察した後、急患が入り、手術室に入ってしまったそうだ。 「あーあ、すごく残念です」  隣で雪也が心底がっかりしている。  どうしてそんなに僕に会わせたかったのかな。  それにしても初めて雪也の主治医の先生の部屋に入ったな。  今まで会社のことで精一杯で、病院に来ても眠ってばかりだったんで、未だに顔を合わしていないことに気が付いた。    何だか居たたまれないな。  既に両親が亡くなってから1年半以上経っていた。  僕の方はどんどん余裕がなくなっていた。  今更ながら、病院のことを母と瑠衣に任せきりだったことを後悔した。  二人がいる頃に、一緒に来てみればよかった。 「そういえば、どんな先生なの?」 「先生はすごくカッコいいです!えっと……兄さまの次にですが」 「ふふっ雪也はいつも優しいね」  雪也がカッコいいと言ってくれるなら、カッコいい兄になりたい。  今の僕の幸せは、雪也が元気になり幸せに成長してくれることだけだから。  学生時代の友人とも……縁が切れてしまった。  金の切れ目が縁の切れ目だったのか。  所詮その程度の友人だったのか。 「兄さまも先生に会いたかったですか」 「そうだね。会ってみたかったよ。せめて先生にお礼を伝えよう」 「あっ……」 「何だい?」 「……今日の兄さまはとても優しいですね。昔に戻ったみたいで嬉しいです」 「そうかな」  雪也が優しく話しかけてくれる。  僕も素直に受け止める。  優しく清らかな弟の言葉が、僕を癒やしてくれる。  鞄から万年筆といつも持ち歩いている冬郷家の家紋入りの小型便箋を取り出した。  お借りした毛布に、手紙を添えた。  久しぶりに心をこめて、筆を執った。  感謝の気持ちを込めて……  まだ見ぬ先生へ。

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