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愛しいということ 25

 急患の手術を終え、さっとシャワーを浴びてから診察室に戻ってきた。  やれやれ午前の診察途中で消えたから、机の上にカルテが山積みだろう。 「戻ったよ」 「あっ海里先生……残念でしたね」  ちょうど外来診療が終わり、医局は寛いだ雰囲気に包まれていた。 「何が?」 「お客様が見えていたのに、会えなくて残念でしたね」 「えっ誰?」 「ほら、一度先生が颯爽と横抱きで抱えて看病してあげた、あの青年ですよ」 「え……もしかして雪也くんのお兄さん?」 「そうですよ! そこに貸した毛布とお手紙が置いてありますよ」 「そ、そうか」  柄にもなく動揺するな。  しかし参ったな……タイミング悪かった。  まさか君の方から訪ねてくれるなんて、予期していなかった。  平静を装いカルテの上に置かれた手紙を手に取った。  横には綺麗に折り畳んだブランケットが置いてあった。そのまま持ち帰ってくれてもよかったのに。いや……ここで君だけの専用とした方がいいのか。    手紙は達筆だった。  夜明けの兆しを感じる明るいブルーの万年筆で書かれた美しい筆致。  趣のある筆遣いに、教養の高さと品格を伺い知ることが出来た。  何より言葉が美しかったのだ。 『先ほどは毛布をお貸しいただきましてありがとうございます。お借りした毛布は勿忘草色が美しく肌触りも良く、大変素敵なものでした。温かく心休まるひと時を提供していただきました。僕にお貸しくださったことに感謝致します。洗いもせずお返しすることをご容赦ください。次は直接お会いしてご挨拶させていただきたく思っております。  柊一』  『柊一』は、心も美しい青年なのだ。  それが伝わる文面に、思わず頬が緩んでしまう。 「森宮先生ってば~大丈夫ですか。何だかまるで恋文でももらったような顔ですよ」 「なっ何を言う。今時珍しい情緒のある手紙に感動していただけさ」 「ぷぷっ」  次――  次と書いてあることが、こんなにも心躍ることだなんて!  もう認めよう。  自分自身の心に素直になろう。  瑠衣の言う通りだ。 『愛しいということ』を、俺はついに知った。  今、俺は恋してる。  相手は同性だが、そんなことは気にならない。  アーサーと瑠衣のようにひたすらに魂が呼び合うような、求め合う関係になりたい相手を見つけたのだから。     『愛しいということ』 了

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