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誰か僕を 1
悪いことに、その日を境にまた僕と雪也を取り巻く環境が悪化してしまった。数日後、身に覚えのない取り立ての催促を受けて驚愕した。
「な……なんだ、これは」
家計はすでに火の車だ。残念ながら僕の薄給では月々の返済をし、残りのお金で細々と暮らしていくのも厳しい状態なのに、更にこんな金額を支払えだなんて、どうしたらいいのか分からない。
どうして……人はこんなにも簡単に裏切るのだろうか。
『裏切られる』ということを、僕は知らなかった。
信じれば、信じてもらえるとばかり思っていた。
本当に甘かった。ぬるま湯に浸かっていたのだ。ずっと……
世の中にはいろんな人がいて、いろんな思惑が渦巻いていることを身をもって知った。
かつての父の腹心の部下……会社の重役が勝手にこの屋敷を担保に金銭を借りていたのだ。どうしてそんなことが出来たのか。僕が気づかなかったのがいけないのだ。だから僕が責任を取らないといけない。
この屋敷を手放せば楽になるだろう。
意固地にならないで、雪也とどこかに引っ越そうか。
そう思うのに、その決心がなかなかつかない。
誓ったのだ──この屋敷を守ると。
父の遺言でもある約束は、僕にとっても最後の砦。
そして僕が僕であるための、鎧のような存在だった。
「兄さま、明日は病院に行かないのですか」
「ごめん……もう少し後でいいかな」
雪也の薬代が払えないとは言えなかった。
雪也のことは最優先すべきものなのに、何故このような事になってしまったのか。
「兄さま、そんな顔はしないでください。僕、最近は調子もいいし、もうお薬なしでも大丈夫です」
そんなはずない。ちっとも良くなんてなっていない。
10歳も年下の弟に気を遣わせてしまうなんて……
なんて不甲斐ない兄なんだ。僕は……
「雪也ごめん、本当にごめん。来月は必ず病院に行こう、お金を借りてでも連れて行くから」
僕は雪也を抱きしめ、久しぶりに……泣いてしまった。
自分が情けなくて、悔しかった。
それは悔し涙だった。
「兄さま……僕のことでこれ以上無理をしないでください。僕は兄さまがいて下さるだけで幸せですから」
優しい弟の声だけが、僕に聞こえたらいいのに。
世間の荒波に揉まれるのは、僕だけでいい。
もっと強くなりたい。
そう願うのに、崖っぷちに立っているような気分だった。
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