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誰か僕を 3
どうしたらいいのか、もう分からない。
両親がなくなって二年近く経ち、僕と雪也を取り巻く状況は日に日に悪化していく一方だった。
近頃では、まともな思考回路がどんどん失われていくのを感じていた。
他に働き口はないだろうか。
出版社での給料は薄給だ。まだ大学を出たばかりなのだから仕方がないが、もっと賃金のいい職に就いた方がいいのではと思い始めていた。
世の中、所詮……お金なのか。
心は……人が人を想う優しい心はどこへ―
だが現実問題としてお金がなければ、雪也に十分な治療を受けさせてやれないし、今後控えている手術だって無理だ。
両親が遺してくれた財産は、周りにいいようにむしりとられ、白薔薇の屋敷だってもう大部分が抵当に入っている。身動きが出来ない、見通しの立たない、切羽詰まった状態が息苦しい。
僕はいかに恵まれた環境で育ったのか、両親という庇護がなくなった今、痛いばかりに身に染みて辛い。何もかも捨ててしまえれば楽になれるのに。
代々続く冬郷家の嫡男という自尊心を捨てられないのか。
いや、違う。
そういう類いの自尊心ではない。
お金で買えない『人が人を想う心』を大切にしたいという僕の生き方の自尊心なのだ。
せめてもう一つ職を……仕事の後に出来るもの、やはり夜の街になるのか。
気が付くとふらふらと夜の繁華街を彷徨っていた。
僕の乏しい知識で想像出来るのは皿洗い、ウェイター。
サービスを受ける側だった僕に務まるだろうか。
繁華街で目星をつけたレストランを何軒かあたったが、どこも僕のような条件を求めていなく、すげなく断られてしまった。
下働きの経験がないし雪也が家で待っているので、就業時間に制約がある。
そんな悠長に選んでいる場合ではないのに……贅沢な条件なのだろう。
世間は厳しいと、痛感してしまった。
「あれ、お前、冬郷じゃないか」
「あっ……」
突然街角で呼び止められた。相手は大学のクラスメイト。
何かと嫌がらせを受けてきた相手を前に、気まずい雰囲気になった。
「へぇ~いつも澄ました顔の御曹司が切羽詰まった顔だな。お前の家はもう火の車で、破産寸前だって聞いたぜ」
「なっ」
蔑まれるような言葉を、ここでも浴びないといけないのか。
「その焦った顔は、なかなかいいぜ」
「……」
何も返す言葉が思いつかない。火に油を注ぐようなものだから。
「こんな所で何してんだ? あーもしかして職でも探してんのか。へへっいい顔を見せてくれたお礼に教えてやるよ。大学のクラスメイトのよしみでな。ほら、この店ですぐにでもって求人募集していたぜ。ここは夜だけの仕事で、かなり実入りがいいから、今の冬郷にぴったりじゃないか」
ねじ込まれるように手渡された喫茶店のマッチの箱。
これは罠だ。そう思うのに、ふらふらと歩きだしていた。
繁華街の外れにその店はあった。普通の喫茶店のように見えるが、そうではないのか。
「君、中に入らないの?」
「あっいえ」
うろうろしていると、背後から話かけられて驚いた。ずっと年上の男性が立っていたのだ。僕の顔をじっと見つめて卑猥な笑みを向けてきたので、嫌悪感が募った。
「へぇ……美人だね。店のマッチ箱握りしめて。あっもしかして職探し? ほら入ろう」
「え……ちょっと離して下さい!」
言われている意味が分からなく、手首を掴まれ引きずられるように入った店内を見て唖然としてしまった。
高い間仕切りに囲まれた大きなボックス席には男女が密着して座っていて怪しげな声がする。話し声はもちろんタバコに火をつけるライターの音まで聞こえる微妙な空間だった。
僕は世間に疎いが、出版社に勤めるようになり最低限の知識を学んだので、顔が真っ赤になった。ここは同伴喫茶という場所だ。
「へぇ初心な反応だね。表向きは男女のためだけど、裏ルートで男同士もありなんだよ。そういう相手を求めてくる上客の相手の専属でどうかね?」
「なっ……」
「賃金は弾むよ。だって喉から手が出るほど金が欲しそうな顔しているから」
「はっ……離して下さい!」
相手を渾身の力で突き飛ばし、走り去った。
馬鹿だった。僕は馬鹿だ。
自分を売ろうとするなんて──
こんなのは……駄目だ。
天国のお父様やお母様に顔向け出来ない。
雪也の兄でいる資格がなくなってしまう。
なのに……どこかモヤモヤとした気持ちが拭えないのは何故?
僕はいつか身を落としてしまうのかも……
そんな不安が拭えなくて、ブルブルと躰が震えてしまう。
怖くて誰かにしがみ付きたくなる。
お父様、お母様……あぁ、もういない。
ふと、あの勿忘草色のブランケットのぬくもりを思い出した。
あの優しいぬくもりに包んでもらいたい!
助けて欲しい――と。
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