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誰か僕を 4

「冬郷雪也くん、次、診察室にどうぞ」  あれから二週間、ようやく待ちにまった雪也くんの診察予約の日が巡ってきた。もちろん俺の心は医師としての診察第一のはずだが、下心も拭えないと苦笑してしまった。  柊一。  今日こそは君に会えるだろうか。  俺に会って礼を言いたいと、美しい手紙をしたためてくれた君に。  ところがいつまで待っても診察室に入ってこないので、不思議に思い待合室を除くと、そこには二人の姿がなかった。 「一体どうした?」  近くにいた看護師に聞いても首を振るばかり。診察予約を忘れてしまったのか。俺がドイツ赴任から戻ってから一度もそんなことはなかったのに。  どうにも嫌な胸騒ぎがする。  雪也くんの薬は毎日飲まないといけないものだ。中途半端に自己判断でやめていいものではない。それに3歳の時に初めて発作を起こしてからの治療計画が台無しになるぞ。手術に向けてのすべての段取りが無駄になってしまう。  たまたまうっかり予約を忘れてしまったのかもと思ったが、翌日も翌々日その次の日も姿を見せない。    日中は診察業務に没頭しているが、夜になれば必ず思い出してしまう。    あの日触れた、柊一の苦渋の涙の味を。  最近の俺は変だ。あの兄弟のことが心配で夜も眠れない程だ。特に雪也くんを必死に護る柊一のことが気になって溜まらない。無理をしていないか。追い詰められていないか。 「参ったな……何なのだ。この気持ちは一体」  こんなにも……誰かを心配したことがあるだろうか。  こんなにも……誰かに会いたいと思ったことがあるだろうか。    焦燥する気持ちが抑えられない!感情をコントロールするのは昔から得意だったはずなのに、なんてザマだ。  とうとう今宵は英国にいる瑠衣に相談することにした。    瑠衣とアーサーの件では散々冷酷なことを言い続けたのに、今更、俺の恋煩いのようなものを相談するなどと思ったが、こんなことを話せるのは瑠衣しかいない。  但し、相手が柊一だとは、まだ言えない。瑠衣が手塩にかけて大切に育てた御曹司なのだから。おまけに柊一の方は未だに俺の姿すら見ていない状態だ。 「もしもし瑠衣か、悪いな、こんな時間に」 「いや、こちらはちょうど昼食《ランチ》を終えた所だよ」 「今、少し話してもいいか」 「もちろんだよ」  優しく穏やかな瑠衣の声に、安堵する。  兄弟の中でいつも一歩引いた場所に立っていた瑠衣の優しいまなざしを思い出すと、ざわついていた心が落ち着いてくる。 「なぁ、教えてくれよ。逢いたくて溜まらない人に……どうしても逢えない時って、どうしたらいいんだ?」

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