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誰か僕を 12
月日は少し流れ……慣れない出版社で駆け出しの記者を始めて、ようやく二年目の春を迎えていた。
そんなある日、出先から仕事場に戻ると、僕の机上に一通の真っ白な封筒が置かれていた。
「何だろう? 」
随分立派な封書に違和感を持った。
住所も宛先も……僕宛で間違いないが、こんな落ちぶれた僕にパーティーの招待? 何故、自宅でなく会社に?
両親が生きていた頃は社交界と深い縁があったが、どうして今更こんな誘いが舞い込んだのか。
怪訝に思いながらそっと封を切ると、会場は有名な有楽町のホテルで、主催者は名のある医療機関だった。
怪しいものではないのか。それにしても……どこで僕を知って、こんなものを送りつけたのか。
「おい冬郷。何をぼんやりしている? さっさと仕事を片付けろ!」
「あっはい。すみません」
とにかく今は仕事中だ。あとでゆっくり考えよう。
会社は僕に風当たりが強く、こんな隙を見せてはいけない場所だから。
****
「兄さま、お帰りなさい。すぐにご飯にしますか」
「ただいま。ごめん、先に着替えてくるよ」
「分かりました」
雪也がコンコンとくぐもった咳をしながら出迎えてくれたが、昼間職場に届いた封筒が気になって、そのまま自室に入った。すると、すぐにまた雪也が部屋に入って来た。
「兄さま……」
「今日は顔色が悪いね。少し咳も出ているし具合が良くないようだ。夕食は自分で出来るからもう横になりなさい」
「はい……でも……それは何ですか」
どうやら会社から持ち帰った封蝋が施された封筒を、目ざとく見つけたようだ。
「これ? あぁパーティーの招待状だよ」
「……いいなぁ。僕もいつかそんな場所に行ってみたいです」
「そうだね。大人になったら連れて行ってあげよう。だからしっかり治療しよう」
「はい」
雪也の天真爛漫な笑顔に、ホッとする。
素直でいい子だ。
こんな境遇になっても雪也だけは変わらない。
だが最近は病院代もろくに払えず、満足な治療を受けられていないのが気がかりだ。ここ数日少し変な咳をしているし、早く何とかしないと、取りかえしが付かないことになったら大変だ。
「さぁ部屋にいこう」
「……はい」
「おやすみ雪也」
「おやすみなさい。兄さま」
雪也をベッドに入らせ、眠りにつくまで見守った。
どんなに疲れていても、どんなにお腹が空いても……このやすらかな寝顔と寝息を感じられれば、それでいいと思うほど、僕は雪也が愛おしい。
自室に戻り、もう一度招待状を開いてみた。
まったく身に覚えのない得体の知れないパーティーだが、もしかしたら医療団体というからには医師の知り合いが出来るかもしれない。
雪也にとって……何かの縁に繋がるかもしれない。
とにかくこのままの状況で放置していたら、雪也は大きくなる前に……
いや、そんな怖いことがあってなるものか。だからこそ今の僕に出来ることを一つ一つやっていこう。
窓の外を見下ろすと、淡い月光に美しい白薔薇が浮き上がって見えた。
まるで道しるべみたいだな。
僕を誘導して欲しい。
どうやったら幸せになれるのか、分からないから。
誰も僕に教えてくれない。
僕を守ってくれる人が欲しい。
「駄目だ柊一……まだ弱音は吐くな」
そう自分自身を鼓舞するのが、今宵は寂しく感じる。
「白薔薇が綺麗だ」
庭師を解雇してしまったので両親が生きていた頃のようにはいかないが、最近何輪かポツポツと咲き出してくれている。その花姿に勇気づけられる。
「よし、行ってみよう」
悪い予感ばかり募る日々だから、何か打破するものが欲しい。
だから多少の犠牲は覚悟で、見知らぬパーティーへ請われるままに赴く決心をした。
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