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誰か僕を 13
朝から湿った咳がコンコンと止まらず、苦しくて仕方がなかった。
「うっ……ゴホッ……ゲホッ……」
枕に顔を伏せてギュッと目を閉じると、目尻に涙が浮かんでくる。
どんなにベッドで背中を丸めて咳き込んでも、僕の背を擦ってくれる人はいない、現れない。
優しかったお母さまも頼もしかったお父さまも、もういない。
そんな僕の頼りは10歳上の兄さまだけ。
僕が育った洋館を守るため、僕を育てるために、兄さまが現在進行形でどんなに苦労しているか知っている。
聡明で清楚な兄さまはいつだって僕の憧れ。そんな兄さまの足手まといになりたくないので、最近は具合が悪いのを隠し、学校にも行かず、一日家に籠って過ごすことが多くなってきた。
「兄さま……今日も遅いのかな。最近は更にお忙しそう。もう外は真っ暗なのに」
玄関のポーチには橙色のあたたかな灯りが以前と変わらず灯っている。だから二階の僕の部屋からは見下ろすと、玄関付近が浮かび上がるようによく見える。
僕はその電灯に影が映るのを、今宵も今か今かと待っていた。
やがて兄さまのシルエットが浮かび上がる。
「あっ兄さまが、帰って来た!」
その日の兄さまは、いつもよりも更に思い詰めた苦悩の表情を浮かべていた。なのに僕を見つけるや否や、表情をさっと隠してしまうのが寂しかった。
やっぱり僕では……駄目なんだ。
兄さまには……兄さまが甘えられる、兄さまを守ってくれる人の存在が必要だ。あぁ海里先生の存在に早く気づいて欲しい。なのにまだ兄さまは海里先生のことをちゃんと見ていないなんて、上手くいかないものだな。
海里先生も先生だ。
兄さまの自尊心を尊重し守って下さるのは分かるけれども、僕からすると本当にじれったいよ。
兄さまの様子が心配で部屋に駆けつけると、その手には何か持っていた。それは立派な封蝋が施された白い封筒だった。
そんな暗い顔をしているのは……もしかしてその封筒のせいなの?
兄さまは僕を見るなり眉間に皺を寄せた。
「雪也、今日は一段と顔色が悪いね。今日も具合が良くないようだ。早く寝ないと駄目だよ」
「はい……でも、それは何?」
封筒について尋ねると、兄さまの顔がギクリと強張った。
「あっ……これ? うん……ちょっとしたパーティーの招待状だよ」
「いいな。僕もいつかそんな場所に行ってみたい。どんなパーティーなんですか」
「……大人になったら連れて行ってあげるから。ほら、部屋に戻って」
話をスッと逸らされてしまったが、絶対に何かを隠していると確信した。
兄さまがこういう態度を見せる時は大きな悩みを抱えている時だ。
ますます心配が募ってしまった。
「雪也……」
「……はい」
諭すように背中を優しく押され、部屋に戻ることを促されてしまった。
僕が眠りについたのを見計らって兄さまは部屋に戻ったようだが、そのあとすぐに目覚めてしまった。
だって兄さまのことが心配だから。
その夜……兄さまの部屋の灯りはいつまでもついたままだった。だから僕もいつまでも息を潜めて見守った。
「僕の大切な兄さまに、どうか……とびっきりの幸せが舞い降りますように」
天の神様、お願い!
ただ祈ることしか出来なかった。
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