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光 3

「海里。連絡ありがとう。その男は要注意人物だった。何か証拠が掴めたのか」 「あぁ! 早く部屋番号を教えてくれ」 「1015室だ。今、こちらから部下に鍵を持たせて向かわせる」 「ありがとう!」  どうか間に合ってくれ。  柊一の身に……何事もありませんように!  彼の無事を祈りながら、俺はエレベーターで一気に上昇した。  エレベーターの鏡に映る自分の顔は、いつもと別人のようだった。  俺としたことが……こんなに髪を振り乱して。  誰かのために必死になるとはこういう事だったのか。  今までこんな風に誰かに感情を揺さぶられたことはない。  アーサーと瑠衣の恋ですら、近くにいながらどこか冷めた目で見ていた気がする。  自分を捨てて去った瑠衣に、読まれない手紙を長年に渡り送り続ける……アーサーの情熱。  燃え上っていたはずの恋を押し殺し生きる……瑠衣の忍耐。  俺にとっては応援しているようで、所詮他人事だった。 『恋しいということ』を初めて知った俺は、今、恋しい人の危機を救えるかどうかの瀬戸際に立たされている。  この扉の向こうに、きっといる。  どうか!どうか無事でいてくれ。  俺が守る……俺が助ける! 『1015室』 「海里さん、突入しますか」 「あぁ、確実に中にいるんだな」 「えぇ鍵を使った形跡がありますので」 「よし、イチかバチかだが、すぐに踏み込もう」 「お前たちは教授を捕えてくれ。俺は彼を守る!」  兄の部下数人と一気に客室内に侵入すると、カーテンがびっちりと閉められた暗闇で、ベッドサイドの電灯だけが怪しい光を灯していた。    そこに悲鳴が…… 「嫌だー!誰か、誰か助けて!」  暗闇を突き刺すような悲痛な叫び声に胸が締め付けられ、何とも言えない憤怒の感情が一気に駆け上った。  これは……俺が初めて耳にする柊一の声なのに。  初めて聴く声がこんなに悲痛だなんて。あの男を蹴飛ばして殴り飛ばしてやりたいが、それよりも先に、柊一の心のケアをしてやりたかった。 「大丈夫だ、怖くない!」  彼が助けを求めて伸ばした手をしっかりと掴み、優しく耳元で囁いてあげた。  俺は違う……清らかな君に恋しているだけだ。  だから安心しろ。何もしない。  何も危害を与えない……そう心を込めて。  すると彼の方も、もう片方の手を震えながら伸ばして、まるで幼子のようにギュッと俺のスーツを掴んでくれた。 「怖い……」 「俺が守るから、大丈夫だ」  何度でも告げたい。  俺が守るからと。  男は部下に捕えさせた。老舗ホテルの利用客としてあるまじき行為をした罰を、兄からしっかり与えてもらうつもりだ。ここを連れ込み宿の如く使うなんて言語道断だ!    柊一によく似合っていた薄鼠色の上品なスーツは、肩の縫い目が破れてしまっていた。  激しい力で無理やり剥ぎ取られたのだろう。  どんなに柊一が怖い目に遭ったのかを想像すると、胸が塞がる想いだ。

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