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光 4

  「さぁどうぞ」  バーを出ると、エスコートされるように駐車場に連れて行かれた。  こんな風に丁寧に扱ってもらうのは、いつぶりだろう。    自家用車に乗るのも久しぶりだ。  嬉しい反面、いきなり見知らぬ人の自家用車に乗るのには戸惑ってしまった。さっき出会ったばかりの人間を警戒するのは普通だろう。でも彼は大丈夫。怖くない……そう直観で感じていた。さっき危ない所を助けてもらったからなのか。  それとも……  僕の中に、見知らぬ感情が湧いて来た。 「ふっそんなに緊張しなくても大丈夫だよ。まだ酒は口にしていなかったし、君はとても魅惑的だが、俺は節操なく手を出す程困っていないよ。そんなに警戒されると、君が意識しすぎていることになるよ」 「あっ」  彼が僕の緊張を解そうとしているのが、伝わった。  両親が突然いなくなってしまってから、僕はずっと一人で奮闘してきた。だからこんな風に誰かに力強く助けてもらうことに慣れていない。  気の利いた会話もできないし、上手くお礼も言えないのが、もどかしい。  甘えるな柊一。  簡単に弱みを見せては駄目だ。  自分の中の甘えた心を罰しないといけないのに、何もかも投げ出して彼に甘えられたら、どんなに楽になるだろうと思ってしまった。  彼の運転は滑らかで、乗り心地が良かった。  彼からは上流階級の人が持つ独特の余裕が滲み出ていた。そして彼自身の匂いなのかトワレなのか、とても懐かしい香りがした。両親が健在だった頃の華やかな穏やかな日々を思い出してしまう。 「眠いの?」 「……すみません」 「いいよ。眠っていても」 「いえ……そんなわけには」  なんだか猛烈に眠い。  グラスシャンパンたった一杯で酔ってしまったのか。  あんな目に遭ったばかりなのだ。  眠る場合ではないのに。  次の瞬間、ゆさゆさと肩を揺さぶられた。 「柊一くん、起きられる?」 「あっ、あの、僕……?」 「君の家に着いたよ」  信じられない! 初対面の人の車中でぐっすり眠ってしまうなんて!  それに行先をちゃんと告げたのかも、おぼろげだ。  でも確かにここは僕の家の車寄せで、いつものように優しい橙色の街灯が僕を照らしてくれた。 「あっ……」 「歩ける? 危なっかしいな。ほら肩を貸して」  疲れと緊張で酒が一気にまわったようだ。  ふらふらな足取りを心配して、彼が肩を貸してくれた。 「すみません……」  消え入るような声で告げると、彼は軽く微笑んでくれた。 「気にするな。君は頑張りすぎだ。さぁ俺の肩に掴まって」  なんだろう……この人の居心地の良さは。まるで……

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