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希望の星 1

「雪也、入っていい?」  今日に限っていつも僕の帰りを待ちわびて、二階の窓から出迎えてくれる可愛い弟の姿が見えないのが、不思議だった。 「……雪也? 入るよ……えっ!」  ドアを開いた途端、驚愕した。  まさか冷たい床にパジャマ姿の雪也が倒れ、苦し気に呻いているなんて――  発作だ! それもかなり大きいっ! 「雪也っ雪也! 大丈夫か」 「うっ……にいさま……むね……くるし」  雪也の顔は真っ青で、胸を押さえひゅーひゅーと息を吐きながら苦悩に顔を歪ませていた。 「しっかりしろ!」  僕の驚愕した叫び声を聞きつけた森宮さんが階下から駆け上がり、雪也の元に駆けつけてくれた。 「一体どうした?」 「あ……弟が!」 「どけっ!」  僕は茫然と立ち竦むことしか出来なかった。  幼い頃、雪也が初めて発作を起こした事を思いだしブルブルと震えてしまう始末だ。必死に自分自身が倒れないように支えるので精一杯だった。  情けないよ。こんな時の僕は、結局何の役にも立たないままだ。  雪也――しっかり!  どうか……神様……雪也を助けてください!  森宮さんがすぐに雪也に人工呼吸と心臓マッサージをしてくれた。医療の心得があるのか、おそろしく手際がよかった。やがて森宮さんの額に玉のように汗が浮くのと引き換えに、雪也の呼吸が楽になってきたので安堵した。  必死に弟の処置をしてくれている彼の真摯な姿に、胸を打たれた。 「よし、呼吸が整ってきたな」 「……うっ……ごめんよ。雪也を一人にして」 「君っ! ぼんやりしていないで、早く救急車を呼んで!」 「あっはい!」 ****  海里先生は僕に心配するなと言ったけど、やっぱり兄さまのことが心配で不安だ。  ひとりで日中は読書して過ごし、ひとりで夕食を取った。  ここ最近学校にも行けず誰とも話していないな。  ポツンと残された寂しさがこみ上げてくる。  せめて僕がもっと丈夫だったら、海里先生と一緒に兄さまの元に駆けつけるのに。  どうか……兄さま、兄さまに何もありませんように……    疲れ果てた兄さまに寂しい背中を思い浮かべると、胸が痛くなる。  あれ? 胸が少し痛いかも。  かなり痛くなってきた。  どっ……どうしよう!  こんな時に大きな発作なんて!    そう確信したのは、随分辺りが暗くなってからだ。    痛すぎて我慢しても、涙がシーツにポタポタと落ちてしまう。  ぎゅうっと締め付けられる心臓が痛すぎて、胸に手を当てながら蹲ってしまった。  早く……海里先生が下さった薬を飲まないと。  戸棚までよろめきながら歩いて何とか飲んだのに……いつもの発作をはるかに超える大きさで、僕はとうとうそのまま床に倒れてしまった。  ヒューヒューと喉がか弱く鳴っている。  酸素を求めて口をパクパクするが上手く吸えなくて焦り、涙で視界が滲んでいく。  誰か助けて……  兄さま、苦しいよ。  助けて、海里先生。  視界が闇に閉ざされる瞬間、兄さまの声が確かに聞こえた。  あぁ……よかった。  もう最期になるかもしれないと思っていたから。  兄さまに会えて嬉しい。 「雪也!しっかりしろ!」 「にい……さま」  その後、海里先生の姿を霞む視界の先に見たような気がした。  でも僕の記憶は、残念ながら、そこで途切れてしまった。  

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