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希望の星 5

 僕は覚悟を決めて、病室で目覚めたばかりの弟を屋上へと誘った。  素直に僕の言うことを信じ、砂糖菓子のように微笑む弟の様子に、胸が締め付けられる。  どうか許して欲しい。  家を奪われ……可愛い弟の死を待つだけなんて、むごすぎる。  ならばいっそ穢される前に、逝ってしまえばいい!  何も知らない雪也は、屋上で両手を思いっきり空へと伸ばした。 「うわぁ本当に星が沢山見えますね。兄さま、きっとあそこでひときわ大きく輝くのが希望の星でしょうか。お父様やお母様はあそこにいるのでしょうか」  そんな希望は……僕たちはもういらないのに。 「雪也、一緒にいこう」  幼い弟の目が、突然光を失い……曇った。  すぐに僕が望むことを察知したようだ。  賢い子だから。  雪也の細い躰を抱き上げて、僕は錆びた白い手すりを一気に超えようとした。  新緑のむせかえるような匂いが僕を呼んでいる。  僕の目からも雪也の目からも、はらはらと涙が散っていく。    涙の雨は新緑の降り注ぐ……翠雨のように美しかった。  これがきっと……今生で僕が最期に見る光景── 「兄さま……駄目ですっ、嫌!」  雪也の抵抗に迷いが生じるが断ち切って、体重をぐっと前にかけた。  もう少しで身体が手すりを超える。 「……雪也……いいんだ。僕にはそんな人はいないのだから……もう……疲れた」 「その人は兄さまの傍にいます! 今日だってちゃんと助けてくれました!」 「えっ……」  雪也の叫ぶ声に、僕はまるで雷に打たれたように震えた。  言葉が僕を貫いていく。  その次の瞬間、僕と雪也の躰は、背後から伸びて来た逞しい腕によって力強く抱き寄せられた。 「危ない!」 「だっ誰……?」  その人の顔を見た途端に、僕の世界は色を取り戻し、記憶がぶわっと蘇ってきた。  まるで映画を巻き戻していくように、まざまざと鮮やかに!  この男性はホテルの客室で犯されそうになった僕を救い出してくれた人、名前は……確か。  靄が一気に晴れていく。  森宮海里さん…… 彼の背後には幾千もの星が瞬いていた。  彼がその中でもひと際輝く……『希望の星』のように見えた。 「全くなんてことを! 目を離した隙に君って人は!」 「あっ海里先生!」 「も……もっ森宮さん? 」  雪也と僕の声が重なった。  これは一体どういうことだ?  次の瞬間、僕は彼に頬を思いっきり叩かれた。 「命を無駄にするな! そんなに簡単に諦めるな!」  一喝された。  こんなに真剣に誰かに心配されたのは、いつぶりか。  まるで叱られた幼い子供のように、僕は頬を押さえキョトンと固まってしまった。

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