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希望の星 8

 病院の古びたコンクリートの屋上は、寂れた古城のようだった。    夜風が、俺の髪を逆立てるように吹き抜けていく。  空には俺達の今後を見守るように、幾千もの星が瞬いている。  新緑のむせかえるような匂いが、俺を誘う。  羽織っていた白衣が強い風に煽られ、バサバサと音を立て、はためいた。  見つけた!  屋上の一番端だ。  錆びれた白い手摺を掴んで乗り越えようとしている柊一の姿を捉えた。  何てことだ!   か細い雪也くんを腕に抱えている。  揉み合う二人、雪也くんの制止の声、柊一の覚悟の声が交差する。 「兄さま、駄目ですっ、嫌だ!」 「……雪也……いいんだ。僕にはそんな人はいないのだから……もう……疲れた」  待て!   まさか……身投げするつもりか!  彼らの躰がグラっと揺れ、そのまま逆さまになっていく。  俺は必死に駆け寄って思いっきり手を伸ばし、渾身の力で君たちを抱きしめた。 「危ない!!」  間一髪だった。  俺達は今を生きるために、古びたコンクリートの上に再び戻ってきた。  ハァハァと息を切らしながら、座り込んだ3人は顔を見合わせた。  俺は幾千もの星の願いを背負い、真摯に君を見つめる。  柊一の瞳の中に、確かに俺が映っているのを感じられた。  君を失わなくてよかった…… 「全くなんてことを! 目を離した隙に君って人は!」 「も……森宮さん? 」  やっと……俺の名を呼んでくれるのか。  俺を置いて命を捨てようとするなんて、本当に酷い人だ。  俺はまだ君に何も告げていないのに……  まだ何も出来ていないのに。  君の命は、そんなに軽いのか。  俺にとっては、かけがえのない命なのに。  そう思うと哀しみと憎しみと愛しさが混ざり合って、感情が爆発して堰き止められなくなってしまった。だからこそ、愛をもって──君の頬を思いっきり叩いてしまったのだ。  自分でも柊一に対し、そんなことをするなんてと驚いたが、どうしても目を覚まして欲しかった。そして俺をはっきりと見て欲しかった。 「命を無駄にするな! そんなに簡単に諦めるな!」 「も……りみやさん」  気づいてくれ! 君は一人じゃないことを。  そこからようやく君は、俺が雪也くんの主治医だと気づいてくれた。  長い長い道のりだった。  ここまで……     社交界のような飾り立てた言葉なんていらない。  ただ素直に君が好きなことだけを伝えたい。 「君が好きなんだ。ずっと追いかけていた……俺と付き合ってくれないか」  雪也くんの援護射撃も受けて、柊一の固い心も花が咲くように開いていく。  まるで秘密の花園の鍵を手に入れたような心地だった。  君の手を取れば、生きている温もりを感じる。  君は目を丸くして……でも俺の溢れる想いに控えめに応じてくれた。 「うっ……僕もあなたのこと、本当は今日助けてもらった時から惹かれていました」  俺と君の心が通じ合うことで、開けられた重い扉──  俺と柊一は、同時に同じ風景を見た。  荒廃した中庭のその更に奥。  秘密の花園……  そこには白薔薇だけは枯れずに、逞しく成長し、美しく咲き誇っていた。  その意味を、今日俺たちは知った。  白薔薇の花言葉は『純潔』だ。 「君が好きだ」 「僕も……同じ気持ちです」  もう一度風が吹く。  今度は新緑の生命力をたっぷりと含んだ薫る風だった。  俺は柊一を抱き寄せ、雪也くんも抱き寄せた。 「俺に守らせて欲しい。雪也くんの命も柊一の願いも全部。柊一はもうひとりで抱え過ぎるな。これからは俺がついている」 「……森宮さん」 「海里先生っ」 「柊一、雪也くん」  ひとりでは立ち向かえないことも、3人揃って輪になれば乗り越えられるだろう。  君たちは……  もう一人で耐えなくていい。  もう……泣かなくていい。  柊一……  君が背負う運命を、俺にも担がせて欲しい。 第1部 了  あとがき(不要な方はスルーで) **** こんにちは!志生帆海です。 今日で100話になりました。 ここまで根気よく読んで下さってありがとうございます♡ 意識的におとぎ話のようにドラマチックに描いております! お話はこの先短編で端折った、ふたりの恋のはじまりにいよいよ突入します。 始終切なかった柊一が溺愛されていく様子を一緒に楽しでいただけたら嬉しいです♡ いつもスターやペコメで応援をありがとうございます。 執筆の励みになっています。

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