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淡い恋が生まれる 4

 森宮さんに、腰かけていた簡易ベッドに横になるように言われた。 「朝まで、ここにいていいよ」 「ですが……森宮さんは? 」 「適当にやるから気にするな。ほら、少し服を緩めて」 「……はい」  森宮さんに言われたことには、素直に反応できる。  それは彼が医師だから?   雪也の主治医だから?  それとも僕を好きだと言ってくれたから?  僕もあなたを意識しているから?  今まで……恋愛なんて忙しくてする暇なかった。  両親が健在の頃は、どうせいずれお見合いで結婚するのだろう……と興味もなかったし、女性に対して胸が高鳴ったり、ときめく経験なんて、皆無だったのに。  森宮さんに見つめられたり、触れてもらうと、なんだかこう、胸の奥がポカポカとしてくる。  人はこれを『恋』と呼ぶのか。  ネクタイを外しワイシャツの上のボタンを2つほど外すと、躰の緊張がふっと緩んだ。 「よし、いい子だね」  まるで小さな子供みたいに扱われている。  でも僕の方もそれが心地良くて、弟が生まれる前のような、ふわふわとした幼子のような気持ちになってしまう。    安堵の気持ちが睡眠導入剤となり、横になると一気に睡魔に襲われた。  恐ろしい1日だった。ひとりだったら絶対に過ごせない震える夜だったろう。  『ここにいていいよ』という言葉が、純粋に嬉しかった。  森宮さんは僕に勿忘草色のブランケットをかけてくれた後、額にそっと触れてくれた。  触れられた所から、彼の優しい気持ちが伝わってくる。 「おやすみ……」 「……おやすみなさい」  いつもだったら、こんな行動絶対に出来ない。どんなことがあっても雪也が待つ屋敷に戻った。甘える事など出来なかった。  でも今宵は……雪也はこの病院にいるから帰らなくていいし、僕もここにいたいと切に願っていた。  森宮さんは少し照れくさそうな顔をした後、くるっと背中を向けて机に向かって作業をし出した。  あれはカルテかな。仕事が忙しいだろうに、今日は僕のために……  彼の真っ白な白衣、その逞しい背中を見つめながら、深くあたたかな眠りに落ちていく。 ****  柊一、眠れたのか。  いつまでも君のことを見ていたいと思ったが、それでは彼の安眠を妨げることになるだろう。だから俺は自分の仕事に集中することにした。  柊一からの視線を、しばらく背中に感じていた。  俺は君を怖がらせていないよな。  俺は少しは役に立っているか。  聞きたい事なら山ほどあるが、そんな野暮なこと聞けないよな。  だいたい柊一は目元のキスだけで、飛び上がるほど驚いていた。  参ったな。  やっと俺の方を向いてくれ、俺と付き合うことは了解してくれたが、どうやって進めていけばいいのか、勝手が分からない。  ただただ、君を大切にしたい。  君に寄り添い歩みながら、ふたりだけの答えを見つけていけばいいのか。  夜遅くに、兄貴に電話した。あれから柊一を犯そうとした奴がどうなったか確認したかった。 「もしもし、兄貴」 「おお、海里。今日はよくやった。あの男を糸口に一気に解明できそうだ。やはり組織的に仕組まれていたことだった。黒幕を見つけられたよ。海里には本当に世話になったな。何か褒美を取らせないと」 「ははっ、褒美って、兄貴も大概だな。俺をいくつだと」 「まぁお前の今日の働きはそれ程までに有益で役立ったということだ」 「あっ待てよ。やっぱり褒美が欲しい」 「え?」 「兄貴に新しい事業の提案をしても?」  俺が思い切って申し出たのは、柊一の家のことだ。  柊一の暮らす屋敷には何度か訪れたが、あれ程までにクラシカルな館は、都内ではなかなか見つからない。今は庭師がいないので荒れ放題だが、よく手入れさせたら、さぞかし立派な庭園になるだろう。  都内の一等地の広大な敷地。  向かいの家とあわせて、よく戦禍を免れたものだ。  何かうちのホテルが融資するにあたり、アイデアが欲しい。  柊一の城を、そのままの形で守ってやりたい。  

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