105 / 505

淡い恋が生まれる 5

 明け方ふと目覚めると、一瞬どこにいるか分からなかった。  だが真っ白な天井を見て、ここは病院だとすぐに理解できた。  やがて病院の薄い色のカーテンの隙間から、眩い程の朝日が差し込んできた。  まるで光の杖《ステッキ》……魔法の杖のようだと思った。  その光線を辿ると、白衣の男性を指していた。  あ……森宮さん。  彼は白衣のまま、診察室のデスクに顔を伏せていた。  僕がベッドを占領したので、眠る場所がなかったのだ。申し訳ない気持ちと、どこまでも大切に扱ってもらった事への感謝の気持ちが芽生えた。  起こしてお礼をと思ったが……声を掛けるのが躊躇われた。今日もここで丸一日診察にあたるのだろう。忙しい日常に戻る前に、もう少し睡眠を取って欲しいと願ってしまった。  昨日……僕を助け、僕の命をこの世界に引き留めてくれた人。  もう少し……もう少しだけ、休んで下さい。  壁掛けの時計を見ると、まだ6時前だった。  今から一旦家に戻り支度をすれば、仕事に間に合うだろう。  そっと僕が借りていた勿忘草色のブランケットを彼の肩にかけて、手紙を残して診察室を去った。  彼に深く一礼して……  早朝の病院はまだ静かだった。  もう少しすると朝の検温や配膳の日常音がしてくるだろう。  帰る前に雪也の病室をそっと覗くと、敏感な弟はすぐに目覚めた。 「雪也、おはよう」 「あ……にいさま」 「しっ」 「あっはい。兄さま……昨日はこちらに泊まったのですか」 「あ、うん。森宮さんの診察室に泊まらせてもらった」 「え! そうなんですか」    雪也はどこかワクワクした少年のような顔をしていた。理由は分からないが、弟が年相応の顔をしてくれるのは嬉しい。それに顔色もずっといいので、僕も笑顔になった。 「あの、そこで何をしていたんですか」 「うん? ぐっすり眠れたよ」 「なーんだ」 「えっ?」 「あっいえ……あの海里先生は何を?」 「まだ寝ていらしたので」 「そうなんですねぇ……兄さまは、どこかに行かれるのですか」 「うん、会社に行ってくるよ。一度家に戻ってから」 「……海里先生に会わずに?」 「……彼には手紙を書いたよ」 「それだけですか」  少し寂し気な様子に、胸の奥が切なくなる。 「あと明日は午前中休めるから、ちゃんと僕も診察に立ち会うよ」 「本当ですか! 今度こそちゃんと起きていてくださいね。僕はずっと前から海里先生のことを紹介したかったのに、兄さまはいつも眠ってばかりで」 「ごっごめん……」  そうだ……僕は弟の前で、男性から告白された。  どさくさに紛れて、とんでもないことを……  僕は男なのに、確かに森宮さんに付き合って欲しいと告白され、僕も頷いた。  天地がひっくり返る程のことなのに、雪也は僕以上にすんなりと受け止めて……  なんだか僕の心臓までドキドキして痛くなってきた。  もしかして僕もどこか病気ではと慌てて胸を押さると、雪也に笑われてしまった。 「兄さま」 「な、なに?」 「兄さまのは違いますよ」 「え?」 「僕はお二人のことを応援しています」 「あ、ありがとう」  なんだか照れくさく顔が赤らむのを感じ……弟の顔を直視できなかった。  病院から外に出る道は、まるで濃い霧が晴れたように明るく輝いていた。  昨日まではこの世の終わりだと思っていたのに、世界はこんなにも明るかったのか。

ともだちにシェアしよう!