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淡い恋が生まれる 5
明け方ふと目覚めると、一瞬どこにいるか分からなかった。
だが真っ白な天井を見て、ここは病院だとすぐに理解できた。
やがて病院の薄い色のカーテンの隙間から、眩い程の朝日が差し込んできた。
まるで光の杖《ステッキ》……魔法の杖のようだと思った。
その光線を辿ると、白衣の男性を指していた。
あ……森宮さん。
彼は白衣のまま、診察室のデスクに顔を伏せていた。
僕がベッドを占領したので、眠る場所がなかったのだ。申し訳ない気持ちと、どこまでも大切に扱ってもらった事への感謝の気持ちが芽生えた。
起こしてお礼をと思ったが……声を掛けるのが躊躇われた。今日もここで丸一日診察にあたるのだろう。忙しい日常に戻る前に、もう少し睡眠を取って欲しいと願ってしまった。
昨日……僕を助け、僕の命をこの世界に引き留めてくれた人。
もう少し……もう少しだけ、休んで下さい。
壁掛けの時計を見ると、まだ6時前だった。
今から一旦家に戻り支度をすれば、仕事に間に合うだろう。
そっと僕が借りていた勿忘草色のブランケットを彼の肩にかけて、手紙を残して診察室を去った。
彼に深く一礼して……
早朝の病院はまだ静かだった。
もう少しすると朝の検温や配膳の日常音がしてくるだろう。
帰る前に雪也の病室をそっと覗くと、敏感な弟はすぐに目覚めた。
「雪也、おはよう」
「あ……にいさま」
「しっ」
「あっはい。兄さま……昨日はこちらに泊まったのですか」
「あ、うん。森宮さんの診察室に泊まらせてもらった」
「え! そうなんですか」
雪也はどこかワクワクした少年のような顔をしていた。理由は分からないが、弟が年相応の顔をしてくれるのは嬉しい。それに顔色もずっといいので、僕も笑顔になった。
「あの、そこで何をしていたんですか」
「うん? ぐっすり眠れたよ」
「なーんだ」
「えっ?」
「あっいえ……あの海里先生は何を?」
「まだ寝ていらしたので」
「そうなんですねぇ……兄さまは、どこかに行かれるのですか」
「うん、会社に行ってくるよ。一度家に戻ってから」
「……海里先生に会わずに?」
「……彼には手紙を書いたよ」
「それだけですか」
少し寂し気な様子に、胸の奥が切なくなる。
「あと明日は午前中休めるから、ちゃんと僕も診察に立ち会うよ」
「本当ですか! 今度こそちゃんと起きていてくださいね。僕はずっと前から海里先生のことを紹介したかったのに、兄さまはいつも眠ってばかりで」
「ごっごめん……」
そうだ……僕は弟の前で、男性から告白された。
どさくさに紛れて、とんでもないことを……
僕は男なのに、確かに森宮さんに付き合って欲しいと告白され、僕も頷いた。
天地がひっくり返る程のことなのに、雪也は僕以上にすんなりと受け止めて……
なんだか僕の心臓までドキドキして痛くなってきた。
もしかして僕もどこか病気ではと慌てて胸を押さると、雪也に笑われてしまった。
「兄さま」
「な、なに?」
「兄さまのは違いますよ」
「え?」
「僕はお二人のことを応援しています」
「あ、ありがとう」
なんだか照れくさく顔が赤らむのを感じ……弟の顔を直視できなかった。
病院から外に出る道は、まるで濃い霧が晴れたように明るく輝いていた。
昨日まではこの世の終わりだと思っていたのに、世界はこんなにも明るかったのか。
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