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淡い恋が生まれる 9

 まだ震えている柊一の躰を、ギュッと力を込めて抱きしめた。  薄い肩だ。やはり華奢だな。  俺の腕の中に包み込み……改めてそう感じた。  君は今まで一体どれだけの苦労を、この細い躰に背負ってきたのか。  今日は間に合って良かったが、きっと似たような仕打ちを今までだって何度も受けてきたのではないか。  先ほどの同僚とのやりとりから察せられ、胸が塞がるよ。  俺は今まで何をしていたのか。  もっと早く行動すべきだった……そんな自分が不甲斐なく感じた。 「柊一はひとりでずっと耐えて、幼い弟を懸命に育て……今まで苦労したな」 「あっあの……」  少し落ち着いてきた柊一が、今度は困惑しきった声を漏らした。  男に抱擁されていることに戸惑っているのか。  いや、そもそも……誰かとこんな風に抱擁した経験がないのか。    震えていた身体が今度は強張り、ぎこちなくなっていく。  あまりに初心な反応に、逆にこちらの気が引き締まるよ。  柊一は直立したままで、こんな時どうしたらいいのか分からないと、明らかに動揺していた。 「あぁ悪い。痛かったか」 「いえ……痛いというよりも、胸が苦しいというか……」  今の状況に当てはまる言葉が、なかなか見つからないようだ。 「君は……本当に何も知らないんだな」  思わず漏れた本音に、柊一の顔が朱に染まる。 「すっ……すみません。不慣れで……」 「いいんだよ。それで。いや、それがいい。それより怪我はなかったか」 「はい、大丈夫です。森宮さんが来て下さったお陰で無事でした」 「うん、間に合ってよかったよ」 「あの……どうして?」 「あぁ兄から連絡があってな……君の会社のことを調べているうちに、さっきの二人が浮かんできて、慌てて警察と共に駆け付けたのさ」 「……そうだったのですね」  柊一はその整った形の唇から、ふぅ……と短い息を吐き、コツンっと俺の胸に頭を凭れさせた。 「森宮さん……僕はとても恥ずかしいです。何も知らないで働いていて……世間知らずでした」  自分を恥じる清廉さに、心を打たれる。 「そんなことはない! 表向きは巧妙に隠されていたので無理もない。そんな風に自分を責めるな。柊一のお陰で、うちのホテルも闇組織のパーティーの実態を暴けたのだ。君が身をもって証明してくれたから、兄も感謝していた」 「そんな……でも、そんな風に言っていただけると、少し報われた気持ちになれます。こんな僕でも、少しはあなたの役に立ったのですね」  俺を見上げ微笑んだ顔が、あまりに可愛くて、そのまま口づけしたくなった。  だが初心な柊一の唇をいきなり奪うのは、彼を驚かせるだけだと、頭の中で今まで考えたこともない配慮や遠慮というものが芽生えた。  俺自身が一番驚いた。 「俺も役に立っているか」 「はい、とても……とても心強いです」  柊一が俺を見て、控えめだが、確かに微笑んでくれた。  愛しい人の微笑みが、こんなに嬉しいものだなんて知らなかった。  柊一の黒髪をかき分けて……綺麗な形の額を撫でてみた。  きめ細かく滑らかな肌が心地よい。 「君は綺麗だよ。心も……何もかも。ここに口づけをしても?」  かつてこんな断り入れたことがあったか。  口づけに許可なんて取った事はなかった。  だが、柊一に関しては必要だと思った。  柊一は驚いたように目を見開いて、顔を真っ赤に染めてしまった。  項まで朱に染めて……でも、コクンと頷いてくれた。  ここは街の路地裏だ。  俺たちを見ているのは、高いビルの合間に浮かぶあの月くらいだ。 「俺はこの先も君を守るよ、誓いのキスは、まずはここから」  顔を近づけると、柊一の黒い瞳は少し揺れたが、やがて瞼を静かに閉じてくれた。長い睫毛が微かにまだ揺れている。  そのままどこまでも優しく……慎重に、彼の額に誓いの口づけを落とすと、彼の手が少し躊躇いがちに……そっと俺の背中に触れてくれた。  誓いを受け取ってもらえた証だ。 「……とても、心強いです」  この瞬間……俺たちの間に、淡い恋が生まれ、始まった。 『淡い恋が生まれる』 了

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