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甘酸っぱい想い 2

「着いたよ」  屋敷の車寄せで、助手席の柊一に声を掛けた。 「やれやれ……眠ってしまったのか」    柊一は窓にもたれるような姿勢で、ぐっすりと眠っていた。  疲れた君が安心して眠れる場所になれたのが嬉しいのに、起きてもっと俺を見て欲しいと願うなんて、贅沢過ぎるだろうか。  なんとも言えない複雑な気持ちだ。  恋しい人との恋は……こんなにも欲張りになるのか。 「全く……俺としたことが」  慣れないことをしている自覚は重々ある。額に誓いの口づけをするなんて、俺がそんなことするなんて……と驚きつつも、柊一を前にすると自然と出来てしまうのだから驚くよ。    恋の力は偉大だ。  次々と込み上げてくる複雑な想いを昇華させるために、はぁ……とため息をつきながらハンドルにもたれ、そのまま目を閉じて……今日あったことを反芻した。  忙しい1日だった。  医師の仕事の合間に、兄と密に連絡を取り合った。連絡には、いい話も悪い話もあり、天国と地獄を行ったり来たりする気分だったぞ。  柊一を襲ったアイツ……あの医大の教授から闇組織への足が付いたという連絡には、思わず身を乗り出してしまった。組織ぐるみのいかがわしいパーティーの招待状をばらまく人物が浮かんだのだ。その居場所が、柊一が働いている出版社だったのには驚愕した。  君があのパーティーに呼ばれた理由が見えてくる。  教授を捕まえただけでは駄目だ。  まだ終わっていない。  君に新たな敵が……危険が迫っている!  いてもたってもいられない気分で、終業と共に病院を飛び出し駆けつけた。  間に合ってよかった!  君の危機を救えて本当によかった!  昨日も今日も寸での所で、間に合った。  まるで俺が君を救うのを赦されているような気持ちになり、高揚してしまうよ。  君を守るのも救うのも……永遠に俺でありたいと願う。  さてと……夜風はまだ冷たい。  柊一には温かい寝床で眠ってもらわないとな。  もう一度声をかけると、ようやく目覚め、大きな黒い瞳を瞬かせて俺を見つめてくれた。  君は安堵したせいで躰が思うように動かない様子で困っており、なかなか助手席から降りられないようなので、俺が先に降りて手を差し出した。  君の手が俺に触れた瞬間、雷に打たれた感覚に陥った。すると柊一も同じだったようで、驚いたように俺を見上げた。 「あっ……ありがとうございます」  柊一を掬い上げるように、差し出された腕を引っ張りあげ、君の腰を抱く。  腕の中に今一度抱きしめたくなった。 「あっ」  君は……やはり俺の中にすっぽり収まる体つきなんだな。  余分な肉のついていない。ちゃんと男性の体なのは理解できても、何とも言えない甘酸っぱい想いが込み上げてくる。  このまま深く君に触れたいと暴れそうになる心を、必死に落ち着かせた。 「ごめんよ。驚かせた?」 「あっ、その……」  これ以上驚かせないように手を緩めると、柊一は困惑と安堵の入り混じった微妙な表情を浮かべた。 「あっあの、すみません。僕は本当に不慣れで」  分かっている。君が色恋の経験が全くないことは、ここまでの経過でも重々理解している。面と向かって言えないが、そんな風に恥ずかしがるのも可愛くてしかたがない。 「今日も危なかったが……君が無事でよかったよ」 「はい。二度も……あなたに助けていただきました」 「もう明日から、あの会社には行かなくていい」 「えっ、ですが、僕は仕事をしないと」  そうだ、その話をしないと。 「悪いが、その件で話がある。こんな時間だが、少し上がらせてもらえるか」 「あっはい、もちろん」  今度は君が俺の手をそっと握ってくれた。  但し……手が震え、少し緊張しているようだ。 「あの、中へ、どうぞ」  君の手で屋敷へと案内されることになり、新鮮な感動を覚えた。  中庭に白い灯りが。    目を凝らすと、俺が密に手入れし続けた白薔薇が点々と咲いていた。  お前たち、無事に咲けたのか……よかったな。  まるでささやかな祝福を受けているような心地になる。  君に導かれているのか。それとも俺が導いていくのか。  いや……お互いに歩み寄っているのかもしれないな。  物語の頁をめくるように、次のステップへ。        

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