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甘酸っぱい想い 4

 今、確かに俺のことを「好き」と言ってくれたよな。  ついに君が大きく歩み寄ってくれた。  柊一からの告白に、胸が震える。  俺の想いが通じ、実を結んでいくのが、嬉しかった。  同じ気持ちの言葉が重なり合っていくことが、こんなに幸せな気持ちを呼び起こすなんて、俺は今まで何も知らなかった。  俺の胸にもたれる柊一の顎をそっと掴んで顔をあげさせ、大きな黒い瞳の中に俺がしっかりと映っているのを確認すると、すぐにでも次のステップへ進んでいいのではと欲が芽生えてしまった。  君のその綺麗な唇に触れても?  俺の恋しい想いを注ぎ込んでしまいたい。 「ここを……もらっても?」 「えっ……あっ……」 「緊張しないで」 「ですが」     君の唇に、指先でそっと触れた。  少し微笑んでリラックスさせ、唇を近づけていくと、柊一は何度か驚いた表情で瞬きを繰り返した後、意を決したように瞼を静かに閉じてくれた。    俺の方も少し躊躇ってしまった。  このタイミングでいいのかと……でも、欲しい!    近づいていく──  お互いの呼吸が届く距離まで。    ピィ──!!  ところが、そのタイミングでやかんのお湯が沸く笛音が、せっかくのいい雰囲気を打ち破ってしまった。  あぁっ、タイミング悪いな。 「あっ……あの」 「なんだ?」 「その……お湯が……沸騰していますね」 「あぁ、だから?」 「早く……ガスを消さないと、危ないです」 「……そうだな」  真面目に訴える君からは、さっきまでの儚げな雰囲気が消え、長男としての冷静さが戻ってきてしまった。  うーむ、そういう君も好きだが、さっきの甘えるような君も好きだ。  残念だが今日はここまでか。  やはり躊躇っている場合でなかったのか。  だが君にとっては、ファーストキスだろう。  どさくさに紛れてもらうようなことはしたくないな……などと、柄にもなくロマンチックなことを考えていた。  プレイボーイでならした俺が、キス一つにこんなに慎重になるなんて、 今までには考えられないことだ。  そんな自分に驚き……思わず口元を押さえてしまった。  こんなピュアな恋を、この歳でするとは。  どうやって事を運べばいいのか、いよいよ分からなくなってきた。  これはもう……今までの経験値なんて関係ない。  ただ君に合わせて進めていきたい。  一旦心を落ち着かせ、瑠衣に習った通りに、紅茶をいれてあげた。 「わぁ……美味しいです。病院で入れていただいたのも美味しくて感動しましたが、こうやってティーカップとソーサーでいただくと、ひと際美味しいですね」 「そうか、よかったよ。本場英国仕込みだからな」 「英国ですか。僕の執事だった人も英国留学をしたことがあって、紅茶をいれるのが上手でした」  懐かしそうに瑠衣のことを話す柊一だが、俺と瑠衣の関係を知っているのか。雪也くんは知っていたが……どうもこの様子では知らないようだな。 「実は……僕は森宮さんにもっと昔に会ったような気がして……でも、思い出せなくて」 「そうか」 「あの、失礼ですが雪也の主治医にはどういった縁で。僕は雪也の治療については本当に両親にまかせっきりで……何も知らなくて恥ずかしいです」  やはり瑠衣との関係は知らないようだ。だが……わざわざ話さなくてもいい。素のままの俺を見て欲しいから。どうやら瑠衣との関係は、自然と結びつくまで黙っていた方がよさそうだな。 「なぁ、その執事がいれた紅茶と俺の紅茶、どっちが美味しい?」  俺も子供じみた質問をするもんだと、密に苦笑してしまった。 「あっその……この紅茶、とても美味しいです。でもその……瑠衣は執事としてプロでしたから……その」  どうやら柊一は嘘がつけない性格らしい。  しどろもどろになっていく様子が憎めなかった。まぁそんな所が好きなのだ。だが弟の瑠衣に負けるのはちょっと癪に障るな。 「よし。次はもっと美味しくいれてみせる」 「え……っ、くすっ」 「笑ったね」 「すみません。森宮さんはどこまでも冷静で大人の男性だと思っていたので、少し……意外でした」 「こんな姿は……君、限定だよ」 「嬉しいです」  もう一度ふわっと笑顔を見せてくれた。  すっと耐えて苦悩して疲れて泣いていた君の、たわいない笑顔が尊い。 「やっと笑ったな」 「あ……やっと……笑えました」  紅茶の湯気の向こうの清らかな笑顔を守ってやりたい。

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