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甘酸っぱい想い 5
「それで本題なのだが」
「あっはい」
そうだった、僕はさっきからずっといつもの冷静さを欠いている。
紅茶を一口飲んで深呼吸してから、森宮さんの話に耳を傾けた。
「実はいい提案があって。柊一にとって悪い話ではない」
「それは何でしょう?」
「この屋敷は君と雪也くんにとって大切な場所だろう? このまま維持したい……で、意向は合っているか」
「はい、もちろんその通りです」
「だからこそ『共存』する方向で考えてたらどうかな」
『共存』って、一体……?
森宮さんから提案されたのは、僕には思いつきもしない内容だった。ご実家がホテル経営をしている彼ならではの、壮大なスケールで驚いてしまった。
「えっ本当に、ここをホテル直営のレストランに?」
「そうだよ。都心の高級住宅地に一軒家のレストランを開業する場所を探していると兄から聞いて、この柊一の屋敷を提案してみたら、かなり乗り気だった。一度兄も現地を見たいと言っているが、連れて来てもいいか」
「あっ……でも、あまりに突然のことで」
驚いた。そんなに具体的な話がいきなり降って来るなんて。今まで思いつきもしなかった。
「あの、でも、レストランになったら、僕たち、どうしたら?」
「もちろんこの家に君たちは住んだままで大丈夫だ。つまり一階部分をホテルに貸して家賃収入を得、それで負債を返していく流れだ」
「そんな都合のいい話……」
僕や雪也にとって理想的な話だった。
「あの、雪也に聞いてからでも?」
「もちろんだよ。明日病院で会えるだろう、その時に確認して欲しい」
「はい」
「それより夜、ひとりで大丈夫か。この広い屋敷に本当に一人で怖くないのか。今までだって本当は寂しかったのだろう、君はひとりでずっと我慢していた」
そんな……僕の隠した心をどうして知って?
雪也以外の人から優しい言葉をかけてもらうなんて、両親が亡くなってから皆無だった。
裏切られ、蔑まれ……努力は踏みにじられ、苦しんでももがいても、出口がない毎日だった。
「ここに泊まって寝ずの番を……というのは大げさだが、そこのソファでいいから、仮眠させてくれないか」
すぐに返事出来ないでいると、森宮さんも困った様子だった。
「その、俺の見た目は軽薄に見えてしまうようだが」
「あ……違うんです。森宮さんは『紳士』です」
そう力を込めていうと、彼は今度は明るく微笑んだ。
「参ったな。そこまで力を込めて言われると」
「え……」
「君の前では紳士でいたいと努力しているよ。何故なら君に嫌われたくないからね」
「そんな、あの……」
「何?」
「その、この屋敷には二階に客間も沢山あります……今日はもう遅いですし、よかったらそこに泊まって行かれませんか」
意識しないように言うので精一杯だった。
助けてもらったお礼をしたかったし、そうするのが彼に一番喜んでもらえるかと。
「俺が怖くない?」
「怖くないです。だって……」
「だって?」
「その……」
「その続きが聞きたい」
「あの……傍にいていただけたら落ち着けます」
「嬉しいよ、今日は客人でいいから、泊まらせてもらおう。そして明日君を病院まで送ろう」
「あっはい」
それから僕は客部屋を整えにかかった。
森宮さんは少し仕事があるからと電話でやりとりを始めた。
お兄さんと話しているのかな。
それにしても……自分からかなり大胆なことを言ったものだ。
今すぐ何が起きるわけではないと分かっていても、鼓動が早くなってしまう。
森宮さんは、まるで騎士のようにカッコいい男性だ。男の僕が見惚れてしまう程に……精悍さと甘さを合わせ持つ神秘的な瞳で熱く見つめられると、恥ずかしくなってしまう。
こんなにも、ときめく夜があっただろうか。
夜空に瞬く星のように、僕の心は輝いている。
おとぎ話を読んだ時のような、高揚感で満ちている。
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