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甘酸っぱい想い 6

「森宮さんは、ここで待っていてくださいね」 「分かったよ。そうだ、電話を借りても?」 「もちろんです」  柊一が俺のために部屋を整えてくれるのが嬉しくて、廊下に消えていく彼の後ろ姿を、目を細めていつまでも見送ってしまう。  俺が使う予定の客間にリネン室から寝具を運んだり、寝間着を探してくれたりと、さっきから廊下をパタパタと行き来している様子が可愛いな。    俺のためにベッドメイキングしてくれるなんて、甲斐甲斐しい。    俺は留学経験もあるし型破りな性格だったので、あれこれ経験済みだが、君は何不自由なく生活していた頃は、してもらう方で一度経験ない事ばかりだろうに。  ずっと親元で大切に育てられた箱入りの息子だったと聞いている。  本当は手伝いたかったが、今日の俺は『客人』だと宣言した手前、じっと我慢した。なので明日以降の段取りをスムーズに進めるために兄貴に連絡した。  とにかくあの闇世界に片足突っ込んだような職場にはもう行かせたくない。もう二度と君が誰かに脅かされるのは嫌なんだ、見て居られない。 「もしもし、兄貴、海里です」 「おぉ今日は助かったよ。お陰で一気に片付きそうだ。協力してくれた青年は無事か」 「無事ですよ。兄貴……俺は十分役に立ちましたよね? なので先日話した件を先に進めても」 「あぁ白金台だったよな。こちらでも物件情報を入手して確認したが立地条件等、申し分ない。しかしあの冬郷家の屋敷を一部レストランとして貸し出してもらえるなんて光栄だ」 「経営のことは分かりませんが、ここはとても白薔薇の咲く、気品ある美しい屋敷です」 「ん? お前今、そこにいるのか」 「……打ち合わせですよ」 「ふっ……まぁいい。冬郷家といえば、俺達の親父とも縁があってな……瑠衣を預けたのも、理由があってのことだ」 「そうなんですか、そんなこと初めて聞きましたよ」 「おいおい教えてやろう。それより一度現地を確認したい。早めに先方と約束を」 「わかりました」  何だろう?   俺達兄弟は、皆、母親が違うせいで、親父とは希薄な関係だった。なので親父の考えていることは俺にまで伝わってこない。まして早くに家を出された瑠衣にはもっと伝わらない。  瑠衣がこの屋敷の執事になったのは、ただの雇用契約ではなかったのか。  何か理由があったのか。  瑠衣にも電話して英国式の紅茶の入れ方をもう一度指南してもらいたかったが、国際電話の通話料を考えやめておいた。今は柊一に負担をかけるようなことはしたくない。  そのタイミングで柊一が少し頬を上気させて、部屋にやってきた。 「森宮さんお待たせしました。客間の準備が整いましたのでどうぞ」 「ありがとう。嬉しいよ」  そんなに息を切らせて……  余程頑張って準備してくれたのだろう、汗ばんでいるな。  柊一の額がしっとりと濡れてサラサラな髪が束になってくっついていたので、指先で優しく解してやった。 「えっ……あっ」  ところが、こんなことにすら免疫がないらしく、大きく一歩退いたかと思うと、額に手をあてて……みるみる赤く染まってしまった。  おいおい……可愛いが、これは相当手強いな。  もっとスキンシップを増やして免疫をつけた方がいいのか。  もう一度彼へと手を伸ばすが、彼はまた一歩下がってしまう。 「あぁ悪い。ずいぶんと汗をかいていたから」 「あっありがとうございます。そうだお風呂……今、沸かしてきます」 「あっ待て! 」    やれやれ……いいムードになりそうな所で、また空を掴む。  **** 「こちらがシャワールームです。湯も張ってありますので」 「ありがとう」  森宮さんを客人用のバスルームに通したものの、落ち着かない。  こんな風に雪也以外の人に接したことがないので、さっきから心臓が爆発しそうなんだ。  足りないものなかったか。  湯加減はどうだろう?  湯上りのタオルもバスローブも置いたし……  なんだか心配で立ち去ることが出来ず、かといって中に入るわけもいかず……扉の外で、へなへなと座り込んでしまった。  はぁ……なんだろう。  とても緊張するが、とても楽しい。  好きな人が出来ると、こんな気持ちになるのか。  今まで高校や大学で、周囲のクラスメイトが異性とお付き合いしたり恋文を交わすのは見ていたが、なんだか僕には全く実感が沸かない世界だった。  ドクドクと心臓が痛いほど早く動いているのは……雪也に言われた通り、森宮さんに恋をしているからだ。 「柊一……もしかして、そこにいるのか」  突然、浴室にいる森宮さんから声がかかり、飛び上がる程驚いてしまった。 「あっはい!」 「すまないが、シャンプー類がない。貸してもらえるか」  あっしまった! リネン類に気を取られて準備不足だ。 「すみません。今、持ってきます」  慌てて1階のバスルームから僕たちが使っているものを持ってきたのはいいが、どうやって渡そう。  意識し過ぎだろう。彼は同性だ。必死に言い聞かせるが……やはり僕のことを好きだと言ってくれ、僕が好きな人の入浴シーンに遭遇するのは躊躇われる。  再び扉の前でシャンプー類を抱えて右往左往していると、扉が突然開いた!    

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