116 / 505

甘酸っぱい想い 7

 おいおい、あんまり意識されると、こちらまで緊張してしまうだろう。  シャワーを浴びながら、先ほどから青くなったり赤くなったりしている柊一の様子を思い出し微笑んでしまった。  なるほど、瑠衣が言った通りだな。  柊一は表向きは長男気質でストイックな雰囲気だが、その中に隠れた可愛らしさが見え隠れしていた。辛抱強い瑠衣が手塩にかけて大切に育てただけあって、どんなに状況が変わっても本来の自分を失っていなかった。 「ふぅ……」  彼が丁寧に支度を整えてくれたお陰で、ここは快適だ。  クラシカルな洋館のバスルームは、まるでホテルのスイートルームのよう。ブルーグレーの壁に小さな丸いタイルの床。白い猫足のバスタブに浸って天井を仰ぎ見ながら、ほっと一息つく。  最近は医師としての仕事以外に、休みの日は兄貴の仕事を手伝ようになり多忙だった。 「はぁ……流石に疲れたな」  だがそのおかげで一早く柊一の危機を察知できたから、感謝している。更にこの屋敷の負債を軽減する方法まで指南してもらえた。  兄貴とは今まで、あまり交流のなかったのに頼りになった。  俺は実家が日本でも屈指のホテルを経営しており経済的に恵まれて育ったし、異国の血の混ざった華やかな顔のお陰で、見た目で損をしたことはない。  ただ、そんな外見やバックグランドだけを目当てに、損得でやって来る奴らばかりで嫌気がさして、跡は継がず医師の道を選んだのだ。  今回は素直にそのバックグランドに感謝した。何故なら、この屋敷は立派過ぎて広すぎて、医師の俺一人の力ではどうにもできないと途方に暮れていた道が開けたのだから。  柊一との恋を始めるにあたり、俺の異母兄弟、瑠衣の恋について考えてみた。  長い年月……我慢して我慢して、とうとう最後に海を渡っていった瑠衣。  瑠衣が選んだ恋の道は、英国の貴族社会において日本人でしかも同性という高すぎる障害を抱えているのに、いざ決心したら潔かったな。  なぁ俺にも指南してくれよ。  強い想いがあれば、たとえ茨の道でも歩んでいけるのか。  愛しい人が傍にいてくれるから頑張れるのか。  恋をすると人は強くなれるのか。  今は……聞かなくても分かる。  全部答えはイエスだ。  柊一と接する度に、これが正しい道だと思えるのだから。  コトっ──  扉の向こうで、微かな物音がした。もしかして柊一がそこにいるのか。俺の様子が気がかりで廊下を右往左往している様子が目に浮かぶ。  本当に可愛らしく、愛おしい人だ。  早くあがって安心させてやろうと思ったが、肝心のアメニティが一式ない事に気が付いたので扉に向かって声をかけると、すぐに返事があった。 「柊一……もしかして、そこにいるのか」 「あっはい!」 「すまないが、シャンプー類がない。貸してもらえるか」  バスローブやタオル類は潤沢に揃えられていたが、見落としてしまったようだ。すぐに廊下をパタパタと走って行く音がした。  ところが、いつまで経っても戻ってこない。  どうにも心配で慌てて腰にタオルを巻いて扉を開けると、暗い廊下に立っていた柊一に、ゴツンっとぶつかってしまった。 「痛っ……」 「おい! 大丈夫か」  彼の額に扉が激突し痛そうに押さえているではないか。 「見せてみろ」  柊一を明るいバスルームに連れ込んで、彼のサラサラな黒髪を除けて確認すると、ぶつかった額のあたりが赤くなっていた。  幸い切れたりしていないが、少し冷やした方がいいだろう。  濡らしたタオルを額にのせてやると、彼の顔は今までに以上に真っ赤に染まり、耳たぶは火傷しそうな程、赤く火照っていた。 「……どこを見ている? そう、意識するな。こちらまで恥ずかしくなる」  思ったままを告げると、彼はいよいよ泣きそうな顔になって…… 「ですがっ」  目のやり場に困ったように顔をスッと横に逸らしてしまった。逆に考えれば……それ程までに俺を意識しているということなのか。 「シャンプーはこれ?」 「あっはい。僕たちが使っているものですが……今はこれしかなくて」 「君と同じ香りになれるのが、嬉しいよ」 「え……あっ、はい? 」 「ありがとう」 「あっあの……ごゆっくり」  また……逃げるように俺の腕をすり抜けていくんだな。  早くその腕を掴んで抱き寄せたいが……今はまだ怖がらせたくない。  焦るな。  そう言い聞かせる自分が、案外可愛いものだと……  今まで自分を、そんな風に思った事はなかったので困惑してしまう。  恋をすると……どうやら人は変わっていくようだ。    

ともだちにシェアしよう!