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甘酸っぱい想い 9
その夜は、なかなか寝付けなかった。普段ならどんな場所でも気にせず眠れるのに、一体どうしたのか。
躰は疲れているのに、心が高揚しているようだ。
きっと柊一も、今、同じ心地だろう……彼には刺激が強かったようだ。少しの触れ合いで、あそこまで動揺するなんて。
だがそんな彼のことが、ますます愛おしくなってしまった。
「参ったな……可愛すぎる。柊一は知れば知る程、可愛い人だ」
新鮮な気持ちと同時に、廊下でのやりとりを思い出し苦笑してしまった。
あれは流石に悪いことをした。
瑠衣にはいつも注意されていたのに……
『海里っ、ここは外国じゃないんだ。裸で寝るのは、頼むからもうやめてくれ』
そういえば、この前イギリスでも同様に注意されたな。日本人に裸で眠る習慣は受け入れ難いのか。瑠衣はいつも顔を赤くしていた。俺に流れる異国の血が、そうさせるのか……
だからきちんと着用するつもりだったのに、バスルームに準備されたナイトウェアのサイズが合わないなんて。
おそらく柊一のを貸してくれたのだろう。
だが俺と柊一では体格が違いすぎだ。破いてしまいそうなので着用は諦めて、隣に置いてあった、ゆったりしたバスローブのみ羽織った。
彼はまさか俺がバスローブの下に、パジャマを着ていないとは思っていなかったらしく、それに気づいた時は、いよいよ卒倒しそうになった。
『な、な、なんで……裸なんですか!! 』
『え? あぁ……いや、その、すまない……これには理由があって』
くくっ、まったく俺らしくない会話だったよな。
柊一はもう言葉が出ない程、驚いていた。
不可抗力とはいえ君には刺激が強すぎたよな、悪い──
まぁそれだけ意識してもらっているのか。
初心な柊一は、同性同士が付き合う意味、その先にあるものをちゃんと理解しているのか。
バスローブを脱ぎ捨て、ふと思う。
裸で眠るからには、絶対に柊一より早く起きなくては。これ以上刺激したら、いよいよ嫌われそうだ。
それにしても恋を知ると、明日が来るのが待ち遠しくなるものだな。
未来の柊一に会えるのが、今から楽しみだ。
今度はどんな表情を浮かべてくれるか……
早く君を、もっと明るく笑わせたい。
****
ずっと重苦しい屋敷に押し潰され、闇夜に沈みそうだったのに、今宵は違う。廊下を真っすぐ歩いた左手の部屋には、森宮さんがいてくれる。
雪也が入院して独りぼっちの夜は、いつも震える程寂しかったのに、こんなにも心穏やかでいられるなんて。
まるで未来の希望が灯っているようだ。
彼の瞳に僕が、僕の瞳に彼がいる。
その事がこんなに心強いなんて。
「もう眠らないと……」
水を一杯飲んで、心を落ち着かせた。
今まで生きてきて、恋の経験は一度もない。する暇も相手もいなかった。だから不慣れなのは仕方ないとしても、相手が同性だったのは想定外だった。
でも森宮さんとは、とても自然に恋に落ちてしまった。
あっまた……僕の躰、変だ。
さっきは心臓の辺りが痛い位だったのに……
今は……えっ、どうしよう……
額に口づけされた感触を思いだし、そこからバスローブ姿の彼を思い出し、そこから更に……いよいよ恥ずかしさに埋もれそうになる。
俯せになり枕に顔を沈め、必死に眠ろうと努力する。
「もうっ……早くいつもの僕に戻れ! 冷静に……なれ!」
何度も何度も、そう念じた。
そうだ……明日は森宮さんより早く起きて、彼にモーニングティーを入れてあげよう。
好きな人に、何かを積極的にしてあげたいという気持ちを知る。
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