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甘酸っぱい想い 11
森宮さんが宿泊している客間前で一度深呼吸をし、それから控え目にノックした。
トントン──
暫く待っても返事がない。
まだ眠っているのかな。
もう一度……
どうしよう。せっかく温かい紅茶を持ってきたのに。それに、そろそろ起きないと森宮さんにも病院の仕事がある。
戸惑いながら部屋の扉を開けた。
****
ノック音の後……続いてカチャっとドアノブが回る音がして、はっと目覚めた。
「ん……もう朝か」
廊下からの明かりを頼りに目を凝らすと、柊一が躊躇いがち部屋に入って来た。よく見ると手に持ったトレーに紅茶のポットとティーカップを載せていた。
俺にモーニングティーを?
柊一からの思いがけないサービスに心が躍る。
本気で好きな人が出来ると、淡々とした俺の日常も、こうやって色づいていくのか。しかも色づくだけでなく匂い立つようだ。
「あの……おはようございます」
柊一は部屋の丸テーブルに一旦紅茶セットを置いて、カーテンを開けに窓辺に向かった。
緊張しているのか、俺をなかなか見てくれない。
「空気の入れ替えをしますね」
カーテンの布が擦れる音と共に、アーチ型の両開き窓から朝日が降り注ぐ。彼の手によって窓が一気に開かれると、爽やかな緑の香りが部屋にやってくる。熱々の紅茶の香りと新緑の匂いと相まって、一気に目覚めていくよ。
「よく眠れましたか」
「あぁよく眠れたよ」
「モーニングティーをいれたので、どうぞ」
「うん、ありがとう」
羽根布団に埋もれていた身体を起こし無造作に枕にもたれ、長く伸びた前髪が目にかかるので手櫛でバサッと梳いた所で、柊一とバチっと目が合った。
「あっ……!」
柊一は黒い瞳を一段と大きく見開いて、唖然としていた。
もう声も出ないといった有様なのは何故だ?
彼の視線を辿って苦笑してしまった。
「あぁ……参ったな。悪い」
「い、いえ……おっお、男同士ですし、気になさらないでください」
柊一は俺にというより、自分自身に必死に言い訳していた。
あぁ失敗したな。柊一より早く起きると誓ったのに、すっかり寝坊してしまった。というわけで、またもや、君に俺のヌードを見せつけることになった。
「俺は昔から裸で寝るのが習慣でね。君もどう?」
「いっいいです! そうか……外国ではそういう習慣もあると……あっ森宮さんは、もしかして外国の方なんですか」
「ははっ、俺の母がハーフだから、そんな風に見えるんだね」
「ハーフ、どうりで瞳の色が……朝日を浴びるとエメラルドグリーンがかっていて……その」
「うん?」
「……とても美しいです」
柊一の口から「美しい」と言ってもらえるのは嬉しいな。今まではこの異国の血が混ざった上辺だけを見られることが多かった。綺麗とか美麗とかそんな言葉はいつも俺の頭上を飛び交っていたが、こんな風にしみじみと嬉しくなることはなかった。
「嬉しいよ。もう少しこちらにおいで」
「あっはい」
最高潮に緊張した面持ちで、それでも俺に歩み寄ってくれる健気な君が可愛くて、小さな顔のやわらかな頬を両手でそっと包み込んだ。
「あれ? 君の瞳も光の加減で少し菫色に見えて美しいよ」
柊一は……みるみる頬を染めながらも、俺の手に自分の手を添えて……言葉を探している。
「あの、こういう時はなんと答えたら……それに目のやり場に困ってしまって」
「ただ、ありがとうと言えばいいいんだよ。そして目のやり場には慣れてもらわないと」
「えっ」
「はは、冗談だよ。そこのローブを取ってくれ。君の入れてくれた紅茶をいただくよ」
「あっはい」
俺がバスローブを羽織ると、ようやく柊一も落ち着きを取り戻したのか、深呼吸をして心を落ち着かせた後、とびっきり美味しいモーニングティーを入れてくれた。
「いかがですか」
「いつの間にこんなに上達を? 美味しいよ。すごく……」
「それは『魔法のレシピ』を手に入れたので」
真面目な顔して時々そんな可愛いおとぎ話じみたことを言うんだな。
ツンと澄ました内面を、どんどん見せてもらえることが嬉しくて、今すぐ君を抱きしめたくなってしまう。
怯えさせたくないし、驚かせたくない。
だが……この腕に閉じ込めて口づけしたくて、朝から煩悩というものに支配されている自分に苦笑した。
「あの、そろそろ起きないと、遅刻してしまいますよ」
「あぁ支度するよ」
「では僕も支度してきますね」
「あぁ約束通り、俺と病院に行こう」
「はい、そうしたいです」
柊一が、俺を真正面から見つめ、朗らかに微笑んでくれた。
「笑ったな……いい笑顔だ」
「はい。少しゆっくり歩いてみようと……木陰で休憩したり、少し助けていただきながら」
「それは……」
「はい。森宮さんと歩んでみようと」
「嬉しいことを。雨が降ったら、俺が君の傘になるよ」
そう伝えると、柊一は少しだけ悩んでこう答えてくれた。
「いえ、一緒に入って下さい。えっと相合傘というものを、してみたいです」
「じゃあ……傘がなかったら?」
「……あなたとなら、濡れて行くのも……冷たくなさそうです」
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