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甘酸っぱい想い 12
「兄さま!」
病室のカーテンを潜ると、雪也が満面の笑顔で迎えてくれた。
やはり入院させて良かった。病院の手厚い治療のお陰で日に日に元気を取り戻しているのが、手に取るように分かり安堵した。
「おはよう雪也。今日は更に顔色がいいね。調子もいい?」
「はい! とても」
「よかった」
雪也のサラサラの黒髪を撫でてやる。中学生になったのに、まだ小学生のように小さくあどけない躰が愛おしくて、一晩会えなかったこともあり優しく胸元に抱き寄せた。すると雪也も嬉しそうに胸元に顔を埋めてくれる。
僕たち兄弟は一心同体だ。同じ哀しみを乗り越えて来た。
「あれ? 兄さまから何だかいい匂いがしますね」
「えっ」
「なんだろう? この匂い、いつもと少し違うような。何か変わったことでも?」
前言撤回かも……!
目聡い弟にたじろいでしまう。
「なっ何もないよ」
「ふぅん……そうかな。何かいい事があったのでは」
雪也が悪戯っ子のような顔で笑うので「コラっ」と注意した。
「雪也は少し耳年増の傾向があるよ。まだ若いのに兄さまは悲しいよ」
「くすっ兄さまがそんな下世話な事を言うのは似合いませんよ。でも嬉しいです。そんな軽口をたたけるようになって、もしかして明るくなったのは海里先生のおかげですか」
「しっ静かにっ」
弟に図星を指されて動揺してしまう。
全く、これでは兄としての面目が台無しだろう。
「おはよう。雪也くん」
「あっ噂をすれば海里先生だ! おはようございます」
「さぁ朝の回診だよ」
「あっ僕は廊下で待っています」
「うん、あとで二人に今後の話をするから、待っていてくれ」
「分かりました」
ふぅ……必至に冷静さを装ったが、大丈夫だったろうか。
医師としての白衣姿の森宮さんは目が覚めるような美男子だった。
つい見惚れた上に、昨夜と今朝の彼の逞しい上半身を思い出し赤面してしまった。
あんな素晴らしい人に、この僕が好かれているなんて……まだ信じられない。
女の人なら見つめられただけで恋に落ちてしまうだろう。男の僕だって、朝からこんなに高揚してしまうのだから。
そう考えると、本当に僕なんかでいいのかと少し不安になってしまう。
僕は男だし恋愛経験もないので……気の利いた言葉も言えない。とにかく全てにおいて経験がなさ過ぎて、彼を喜ばせてあげる事なんて到底出来そうにない。この先、僕をもっと深く知ってもらうのは嬉しいけれども……森宮さんをがっかりさせてしまわないか心配になるよ。
「どうした?」
「兄さま?」
「あっ」
気が付くと廊下の壁にもたれる僕の目の前に、森宮さんと雪也が立っていた。
「柊一、悪いが9時になったら1番診察室に来てもらえるか。教授に呼ばれたから」
「あっはい」
白いマントではなく白衣を翻し、颯爽と廊下を歩いて行く彼の背中をいつまでも見送った。
なんだか名残惜しいな。
昨日からずっと一緒だったからなのか。
離れがたい──
すると僕の不安が伝わったのか、雪也が僕の手を握って励ましてくれる。
「兄さま、大丈夫ですよ。海里先生はもう兄さまにメロメロですから」
「めっ、メロメロって……ゆっ雪也は、全くどこでそんな言葉を覚えたんだか」
「あの、さっきの回診の時、先生から同じ匂いがしましたよ」
「何が」
「僕のお家のシャンプーと」
「あっ!」
「昨日は我が家にお泊りになったんですね」
「うっ」
「先生ってば上機嫌でしたよ。兄さまからは先生の匂いがするし……」
あっという間に見抜かれて、気が動転した。
「……」
「もうっ兄さまってば驚き過ぎです。僕はお二人のことを応援するってちゃんと伝えましたよね。先生は兄さまのことが好き、兄さまも同じですよね?」
無垢な瞳で問われたら……嘘はつけない。
「うっうん……」
「ならばあまり怖がらないで心配しないで……大丈夫です。それよりも信じる方が大事です」
「はぁ……雪也はたまに僕より大人びたことを言うね」
「僕も自分の病気が前は怖かったし、心配でした。でも今は海里先生も兄さまもついていてくれるので、大丈夫だと信じています。それに目標が出来ましたから」
「何?」
弟の無垢な瞳に、今は生気が宿りキラキラと輝いている。
こんなにも彼のワクワクした表情を見るのは久しぶりだ。
「僕は……海里先生と兄さまの結婚式を見るのを、まず直近の目標にします」
「けっ結婚式!?」」
何を言いだすのかと思ったら、いきなり飛躍しすぎだよ。
僕はまだ接吻すらままならないのに。
動揺しつつ……僕の頭の中に、白薔薇の庭園《ガーデン》に、森宮さんと二人で並ぶ姿が浮かんだので、驚いた。
「兄さまの幸せ……僕はずっと近くで見守ります。だから怖がらなくても大丈夫ですよ」
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