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甘酸っぱい想い 14
退院したばかりの雪也をベッドに寝かせた後、僕は自室に戻り、森宮さんから手渡された恋文を机の上に置いた。
読むのに少し手が震える。
何故なら、こんな手紙、もらったことがないから。
恋文とは愛を告白したり、恋しい想いを相手に伝えるための手紙のこと。そんなことは知っている、知っているけれども──
恥かしくて……思わず机に突っ伏してしまった。
読むのがもったいない。
本当にいつぶりだろう。この机で仕事以外の事を考えるのは……
両親が生きている頃はずっと勉学に励んでいた。立派な跡取りになれるよう、雪也の手本となれるように必死だった。
やがて執事の瑠衣を英国に送り出した後は、大学の勉強と執事の仕事の両立に励み……両親が亡くなった後は、父の会社の仕事を山のように抱え……そして就職してからは持ち帰った原稿を徹夜で仕上げたりと、長い年月……僕自身の憩いのために使うことはなかった。
この封書の中には、一体何が書かれているのか。
この気持ちは、物語の一番いい場面でワクワクしながら次の頁をめくるような感覚と似ている。
真っ白な便箋……そこに走る藍色の万年筆の筆跡を辿る。
……
柊一へ
君に手紙を書くのは初めてだね。
俺は堅苦しいことは苦手だが、言葉に出して、文字として、君には伝えようと思う。
君が好きだ。これはもう何度か伝えたよね。
さらに付け加えると……今、俺の目の前にいる、そのままの君が好きだ。
俺の前ではありのままでいい。余計なことは考えなくていい。
君と出逢えてよかった。俺のことを受け入れてもらえて嬉しかった。
まずはどこかに一緒に出掛けないか。
俺達、お互いをもっともっと知り合いたいと思わないか。
君と思い出を作っていきたい。
いつも君のことを想っている。
海里
……
頬が熱くなる程のストレートな愛の言葉が、そこには綴られていた。
ありのままでいいという肯定が嬉しくて、僕を勇気付けてくれた。
そして、もしかしてこれって……恋人同士が日時と場所を決めて会う……
つまり|逢引き《デート》の誘いなのか。
僕も……僕もそう思っていました。
あなたとどこかに出かけてみたいと。
二人で共有して作り上げる時間は、いつしか木の年輪のように何層にも重なり太い幹となり、ふたりだけの確かな大切な思い出となる。
深く記憶に刻み込まれる時を、この先ずっと森宮さんと過ごせたら……
あっ追伸が……
……
追伸
早速だが、俺と行きたい場所をいくつかあげてくれ。
君を案内《ガイド》したいから。
……
どうしよう!
世の中の恋人が、どんな場所で逢引きするのか分からない。
池でボート? それとも……? あぁ駄目だ、全然浮かばない。
それに僕たちは男と男だから、一般的な場所は良くないのかも。
こんな時どうしたらいいのか。
雪也に聞くのも変だし、込み入ったことを相談できる友人もいない。
返事を書きたいのに上手く書けない自分がまた嫌になるが、森宮さんからの手紙の言葉に勇気をもらった。
ありのままでいいと……彼は言ってくれた。
ならば……
その言葉を信じて、僕なりの返事をしたためた。
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